「終わりの無い世界」



僕達は旅をする。

それは、果てなく続く真っ直ぐな道だった。

誰も見つけたことの無い、聖域を目指して。

誰も知らない世界で、誰にも知ることなく、幸せを求め……。

そこは、終わりの無い世界だった。



朝、カーテンの開かれる音で僕は目を覚ました。

だが、僕はわざと寝たふりを続ける。
このまま目を覚ましても何も無い。

どうせ、いつもの様に五月蝿い母さんに起こされるだけ。
そして、そのまま学校へ向かわないとならないだけ。

そんなくだらないことの為に起きる必要なんか無い。

あんな無意味な空間で何を学べと言うのだろう。

よく、「学校で何を習ってきたんだ!」と言われる風景を目撃するが、
学校なんて何も教えてはくれない。
実際僕らが学ぶことは、学校の勉強より、友達との遊びの中や、喧嘩の中。

そして、好きな小説、好きな音楽。
好きな友達、嫌いな友達。好きな異性、嫌いな異性。

こうして次々とあげていったとしても、
僕が学校と言う空間をあげるのに至るまでは果てしなく遠い。
あえてすぐに1つあげるとすれば名のある学校の卒業資格。

だが、そんな誇れるような名前の学校を卒業した所で、
僕自身が優れた人間として人生を真っ当できるのかどうか?

などと目を閉じ考えていると、
僕は不思議な感覚に囚われ、思わずベットから飛び起きる。

ショックのあまり呼吸が乱れ、ハーハーと言っている状態の中、
僕は壁ではない何かがあるとすれば確実にこちらだと言う方向。
まぁ、簡単に言えば、右側に慌てて振り返る。

すると、そこにはどこかで見たことのある人物がいて、
僕の表情に驚いたのか、オドオドとした様子でこちらをうかがっていた。

「お前、今僕に何をした?」

本当は何をされたかわかっていたのだが、
僕はあえてその人物に尋ねてみる。

その人物はその問いかけに、顔を赤くし一瞬視線をそらしたが、
僕の傍へとやってきて、くちづけをする。

そうだ、僕は、この子ともう長い事付き合っているんだ。
改めてそう認識させられる。

短いキスだったが、凄く長い時間に感じられた。

その子は、静かに唇を離すと、笑顔で僕に制服と鞄を渡してくる。

僕が鞄を受け取ると、その子は、僕のベットのシーツを引っ張りはじめる。
僕が座っているのだから、取れるはずも無いのだが、一生懸命に引っ張っている。

「気づけよ」と心の中で思いつつ、僕がジーっと見つめていると、
それに気がつき、真っ赤に赤面し、僕の左肩をバシッとたたいてくる。

女の子の力だ。さほど痛くも無い。

頬を膨らませ、にらみつけるような眼差しで僕を見ていた。
早くどけろと言いたいのであろう。

口で言えばいいのだが、彼女にはそれができない。
何故か、僕と付き合うようになってから言葉をなくしてしまったから。

名前も知らない女の子だった。
彼女の告白に僕がOK返事を出した瞬間。

まるで全ての機能が停止したかのように彼女はその場に倒れた。

後でわかったのだが、
心臓が弱く、興奮するといつもそうだったらしい。

そして、引かれたラインの上を真っ直ぐに歩いてきた彼女は、
先生に逆らい、学校に逆らい、勝手気ままに生きている僕に憧れていたそうだ。

僕は、この子が存在していることも知らなかった。
だが、この子は僕の存在を知り、そしていつも僕を見ていた。

勇気を出して僕に存在を伝えた。
しかし、彼女は言葉を失ってしまった。
原因はわからない。

だから、彼女のことを知るのに僕等は交換日記をはじめた。

最初にした事は自己紹介。

僕の名前は、【富樫 時夜】(とがし ときや)です。
私の名前は、【河野 恵】(かわの めぐみ)です。

そんな小さなやり取りから始まった。
2人とも最初はぎこちない敬語だった。

そして、いつからか自然と普段通りになっていき、
今も尚続いている交換日記。

どうして全く何も知らない女の子の為に僕は真剣になっていたのか。

ただ単純に……一目ぼれだったから。なんだけどさ。

そんな事をふと思い出しながら、僕は突然に彼女の名前を呼んでみる。

僕の呼びかけに気づき、どうしたの?と言った表情でこちらを見ている。

「お前ってさ、本当に可愛いよな」

言葉に特に意味は無い。
ただいつも思っているがこう言う事は時々、
本人を前に口に出してみたくなるものだ。

恵は、あたふたと慌てふためき、
真っ赤に赤面しながら、どう反応していいのか困っている様子だった。
面白いのでもう少し構ってやりたいが、そんな事をしている時間も無い。

僕は「冗談だよ、バカ」と言い残し立ち上がり、
ドアを抜け、階段を降り、居間を目指した。





いつもと変わらぬ登校風景。
いつもと変わらぬ静かな町並み。
たまに道路を走る車の音が耳障りなくらいに五月蝿く聞こえる。

他に登校する生徒達もちらほらと目に付く。
そして、会社へと向かうサラリーマンやOL達の姿もあり、
本当に平和な世界だと思う。
僕はこんな平和な何も無いくだらない毎日を送りながら、
いつかは年をとり、そして死んでいくのだろうと思う。

僕は何の為に生まれ、何の為に生き、何の為に死んでいくのだろう。





だが、今日はいつもと違った。

静かだった登校風景の中に、突如ガラスの割れる音が響いた。

そして、それを合図に、真っ直ぐな道路を走っているはずの車が、
まるでロデオの様に暴れ始め、
真っ直ぐに天へと向かって伸びている電柱がメキメキと音をたて倒れだし、
道を歩く何でもない学生や社会人達が、次々と目の前で血を噴出し倒れ出した。

その時、僕の隣を静かに歩いていた恵の瞳には何かが映っていた様だ。

必死で僕の服を引っ張り、空を指差していた。

「ぐぇ!!」

空から僕めがけて何か人の様な物が落ちてきた。
あまりにも突然の出来事だったので、
避けるまもなく僕はそれを受け止め、その場に思い切り倒れこむ。

「う…!!」

女だった。いや、女だと思った。

髪が長かったから。理由はそれだけだ。
顔から身体までぐちゃぐちゃに切り刻まれ、もう何が何だかわからなくなっている。

更にその女は、手足を引きちぎられるようにしてもがれていた。
その部分からは血が噴水の様に噴出し、僕の制服を血で染める。

恵はあまりの状況に涙し、嘔吐していた。

だが、僕のほうは割と冷静だった。

その女を蹴り飛ばし自分の上から避けると、
素早く恵の手をとり、その場から走り出した!!

恵はボロボロ泣きながら僕の後をついてきた。

僕の手は血でぬるぬるしていた。
それが気持ち悪かったのだろう、先ほどより酷く泣いていた。

しかし、僕はそんな事を気にすることなく走った。
何がおきているのかわからないが、逃げなければならないと思ったから。





どこへ向かって走ったのかわからなかったが、
僕たちは気がつけば自宅へと戻ってきていた。

「恵、大丈夫か?」

「うん」

何か違和感を感じたが、返事を確認し、僕はホッと安堵の息を漏らす。

「そうだ!恵、お前心臓は大丈夫か?無理に走らせちまったから…」

「うん、平気」

今度ははっきりとその違和感の原因がわかった。

「恵、お前……声が……」

僕がそう言いかけると、「え?」と言う恵の声は聞こえたが、
恵の口自体が動いていないことに気がついた。

「そうか、これは夢なんだな」

そうだ、あんな風に人間が突如血を噴出したり、
空からバラバラ殺人状態の女が落ちてきたりする訳が無い。

僕は、ずっと握りっぱなしだった恵の手を離し、
「まだ寝てるみたいだから、ベットからやり直すよ」
と家の中に入ろうとする。
すると、僕を引き止めるように恵が背中に思い切り抱きついてきた。

声は聞こえなくなっている。
だが、泣いているのがわかった。
僕は一度恵を身体から放すと向き直り、そっと彼女を抱きしめた。

小さな肩だった。
そして小さな肩は小さく震えていた。

だが、僕は恵を抱きしめた途端に思い切り絶句した。

僕は見てしまったのだ。

恵の背中に、天使の様な白い大きな翼が制服を突き破り生えていたのを。





僕は、恵を連れて、母さんに見つからない様にこっそりと家へ入った。

だが、こんな狭い家で見つからないのは無理と言うもので、
大地を揺るがすほどの怒声が家の中へと響き渡った。

しかし、母の目はすぐに恵へと移る。

「ごめんね、恵ちゃん。こんなバカな息子で」

いつもと変わらぬ言葉だった。

恵も笑顔でフルフルと首を横に振っている。

僕の眼には相変わらず恵の背中に翼が見える。

母さんはそのままいつもと変わらぬ様子で、
パートの時間だと家を出て行った。



僕等はその日学校を休んだ。

食事をとることも無く、何かをすることも無く。
ずっと2人で僕の部屋に居た。

僕の制服は血なまぐさかった。
だから、洗濯機につっこんでまわしておいた。

恵の制服も血なまぐさかった。
同じく洗濯機に突っ込んでまわしておいた。

僕は自分のパジャマを着て、
恵はサイズの大きい僕のパジャマを羽織っていると言った感じだった。

勿論、恵の背中に翼はある。

制服を突き破って生えてきていたのかと思っていたが、
パジャマに着替える時に何の支障もなかったようだし、
恵の背中をなでてみても、翼に触れることはできない。

どこからか映写している訳ではないが、
3D映像と似たような物なのだろうか。

それと違う所と言えば、どう角度を変えてもぶれないし、
僕が触れても、全く形を変えることなく、ただすり抜けていくだけな事位か。

そして、わかったこと。
何故か恵の手を握っていれば、恵の声が聞こえてくると言う事。

今まで文字だけでやり取りしていた僕らだから不思議な感覚だった。

だが、恵は喜んでいた。
理由はどうあれ、僕と会話できるようになった事に。

だから僕はずっと恵を抱きしめた体制のまま、
彼女の手を握り話を聞いていた。

これから先に待ち受けることなど、予想できるわけも無く。



その日の夜。
僕達は警察に連行された。

そして、今朝の事件。
連続殺人犯として、僕と恵は逮捕された。

血まみれで走り去る僕と恵を目撃した人が、
偶然現場を見て、そう思い通報していたらしい。

田舎の小さい村と言っても、時代は22世紀。
情報が流れるのはあっと言う間で、片田舎で起きた事件なら尚更だ。

明日の昼、すぐに僕らの裁判が行われることになった。

だが、もう殆ど有罪と確定していた。

指紋鑑定は約1分、ルミノール検査約30秒。
それだけ一瞬で調べ終わってしまうのだ。
犯罪を犯していなくても、僕たちの指紋は国に保管されている。

現場から採取された指紋の中で唯一の生存者は僕と恵だけ。

疑いの余地すらない。

翌日、僕らは死刑宣告を下された。
凶悪犯罪者を世に送り出すわけには行かないと。