「辿り着いた曲がり角」



僕達は旅をしていた。

果てなく続く真っ直ぐな道を。

だが、僕達は奇蹟を目撃する。

ありあえるはずの無い真っ直ぐな世界で……。

僕達が辿り着いたのは曲がり角だった。





恵は相変わらず泣いていた。

僕等は明日無実の罪で殺される。

情報が全てとなったこの世界で、
真実を追い求めようとするものたちは居なくなっていた。

世の人間の口癖は皆変わっていた。

「政府の情報は絶対だ!!」

1世紀前の「チョベリバ」「超〜」「っていうか」等が流行していた時代が懐かしい。

とは言っても、僕はその時代を生きていた訳でないが、
うちの曾爺様がよくそう言っていたのを覚えている。

恵はまだ泣いていた。
昨日死刑を宣告されてからずっと泣いていた。
寝る間も惜しんで、一晩中泣いていた。

その姿を見て不憫に感じた看守が僕らにケーキを差し入れてくれた。

恵は、涙と鼻水でぐしょぐしょになりながらそれを食べていたが、
食べ終えると、また泣き始めた。

相変わらず声は出ていない。
だが、僕にだけはずっと背中の翼は見え、
恵の手を握れば恵の声が聞こえた。

恵は今まで出会った人達一人一人の名前をいい、
そして、感謝の気持ちをこめてお礼を言っていた。

それから暫くして、恵がついに僕の名前を口に出した瞬間!!

「ば!爆弾だーー!!!!!」

牢屋内に強烈な破裂音が響き渡り、あたり一面を一瞬にして煙で覆い始めた。

僕らの周りもあっと言う間に煙に巻かれ、視界が全く利かなくなる。

「恵!!!!!!」

僕は無我夢中で握っていた恵の手を引き、思い切り抱きしめる。

恵は、最初戸惑っていたが、
少ししてから安心したのか静かに僕に身をゆだねてくる。

僕は黙って恵を抱きしめ続けていた。
恵と二人なら、このまま果ててしまってもいい。
心からそう思いながら……。



それからどれくらいの時が立ったのだろう。

煙はすっかりと消え去り、僕等の牢屋の前には2人の女が立っていた。

「こんな状況でラブラブしてたらあかんで!」

「…しょうがないでしょ、明日無くなる命と思ってたんだもん」

バリバリの大阪弁?らしきもので、牢屋の前で喧嘩をしている。
気の強そうなショートカットの女の子と、おしとやかな印象を受けるロングヘアーの女性。
だが、2人ともどことなく同じ顔に見えるのは気のせいだろうか?

「なぁ、アンタ、富樫 時夜か?」

突然ショートの女性の方がこちらに話し掛けてくる。
そして、何故か僕の名前を知っている。

「そうだけど……」

僕がためらいながらもそう答えると、ロングの女性のほうが、

「話は後です!死にたくなかったら私達について来てください!
あ、でも、道中名前くらいわからないと困ると思うので自己紹介だけは。
私は、【陣内 沙紀】(じんない さき)それでこっちは妹の【由紀】(ゆき)宜しくお願いします」

そういうと、沙紀と名乗った女性はおしとやかな風貌と表情のまま、
無言で鉄格子をこじ開け、「さぁ!来てください!」
と、それだけ言い、僕らを先導するように走り始めた。

妹の由紀の方も、「はよくるんやで!!」と言い残し、
それに続いて走り出す。

恵は不安そうな表情で僕を見ていたが、
僕はどうせ明日尽きる命、それに悪い奴らにも見えなかったと言うことで、

「恵!行こう!!」

と、恵をそっと立ち上がらせた。

恵は不安そうに少し躊躇っていた様子だったが、
やはり同じ気持ちなのか、「うん!」と強く頷き、僕等は走り始めた。





そして、刑務所を抜けた先に一台のヘリが止めてあった。
沙紀がそのヘリに乗るようにと促してきたので、
僕達は導かれるままにヘリに乗り込んだ。

由紀は全員が乗り込んだことを確認すると、
すぐに運転手に発進の合図を送る。
すると、ヘリはあっと言う間に上昇し、
刑務所は見る見るうちに小さくなっていったのだ。

僕らは脱獄してしまった。
たった、爆弾1つと2人の少女の助けによって。

こんな簡単なことで良いのだろうか?
そう思い尋ねてみようと、沙紀の方へと目をやる。
だが、僕は口を開くことはしなかった。

出来なかった。そう言う方が正しい表現方法かもしれない。

沙紀は、ジッと恵の方を見つめたまま動かなかった。
まるで、自分の娘を見つめる母親の様な優しい眼差しで。

由紀は、なにやらゴソゴソと何かの準備をはじめていた。
時々、何かが刺さったりするのか、「あいた!」と声を上げたり、
五月蝿く作業を続けている。

そして恵は、不思議そうな表情で空を見上げたままずっと動かなかった。
その姿は、時々見せる瞬きが無ければ、本物の人形の様だった。

僕はその姿に見とれていた。良い意味ではなく、悪い意味で。
不安で、目がそらせなかったんだ。
僕が今、目をそらせば、恵は二度と僕の視界に入ることは無いのではないか?
そんなありもしない不安が心の中によぎっていたから……。





それからどれくらいの時間が経過したのか、
空が夕焼けで覆われ始めた頃、沙紀がスッと立ち上がった。

「富樫さん、到着しましたので、ヘリから降りてください」

降りてください。そういわれても、ここは上空だった。
由紀が降りる為と開いた入り口から凄まじく冷たい風が入ってくる。

僕は入り口から顔を出し、下を覗き込む。
見たところざっと地上5000メートルと言った所だろうか?
計算できる訳ではないが、気持ち的にそれ位の高さはあった。

「どうやって降りるんだ?」

僕が不安げに尋ねると、
由紀が黙ったまま僕に背負い鞄を投げ渡してきた。
そして、恵にも同じ背負い鞄を投げ渡す。
よく見てみると、沙紀と由紀はその鞄をすでに背負っていた。

「えっと、これはパラシュートですね」

そう言うと沙紀は、
修学旅行のバスガイドのような口調で、パラシュートの使い方を説明してくる。

いくらバカでもここまでやられたら理解するであろう。
彼女たちは、僕らにパラシュートを使ってこの高さから飛び降りろというのだ。

「本当は下まで降ろしたいんですけど、ヘリポートが無いんですよ」

沙紀は説明を終えて、そう言うと、「では」と笑顔で降下していった。

それに続きすぐに由紀も「腹くくるんやで!」と言い残し降下していった。

僕はドアの所に立ち、下を覗き込む。
思わず、ゴクリと音をたてて息を呑んだ。

恵の方を振り返ると、
恵は、鞄を抱きかかえた体制のまま目に涙を浮かべ、
フルフルと首を振っていた。

その姿を見て、僕は自分を情けなく思った。
僕が恐怖していたら、恵は不安で更に恐ろしくなるに違いない。
沙紀と由紀だって悪人には見えないが、どこの誰かもわからない人間だ。
僕以外、恵を守れる人間は居ないんだ。

「恵」

僕は恵の名前を一度呼び、静かに抱きしめる。

「必ず、恵の事は僕が守るから安心して」

恵は小さく震えていた。
見た目ではわからなかったが、抱きしめていればはっきりとわかる。
本当に小さくて本当に恐がりなんだ。

しかし、僕の言葉を聞いて少し安心したのか、
スッと立ち上がり、鞄を背負い、入り口に立つ。

一度僕の方を見て、ニコッと笑うと、
大きく深呼吸をして、
自分の鼻をつまみ、プールに飛び込むような体制で降下していった。

恵のパラシュートはすぐに開かれた。
どうやら大丈夫そうだ。僕はそれを確認し、降下を開始した。

もう戸惑いは無かった。
恵を守る為には、恵に恐い思いをさせない為には、
僕が男にならなくてはならない。
そう思ったから。

ある程度の高さに達した時、僕はパラシュートを開いた。

「あ、あれ!?」

だが、開くどころか、僕の背負っていた鞄のパラシュートを開く紐は、
パラシュートを開く為に引くだけのはずなのに、
抜けなくて良い筈なのに、完全に引き抜けてきていた!!

僕はパニック状態に陥る。
兎に角パラシュートを開こうと、鞄を叩いたり、
紐が出てきていた箇所に指を突っ込んでみたりする。

だが、開くはずは無い。
こう言う時、プロなら冷静に対処するのだろうが、
インストラクターが一緒ならどうにかなるのだろうが、
僕は全く普通の学生で、スカイダイビングの経験など持ち合わせているはずも無い。
学校では勿論スカイダイビングなど教えてくれるはずも無い。

そうこうしているうちに地面が僕の目の前へと迫ってくる。
先に降り立った恵が僕の様子を見て、慌てふためく姿が確認できるほどの高さだ。

もう、パラシュートが開いたとしても助からない。

僕は覚悟を決め、目を閉じた。





……………だが、生きていた。

どかーーーーーーん!!!!!!!

ものすごい着地音と共に、
僕が着地した時に巻き起こした砂煙が激しく立ち上っている。

「大胆やなぁ。しっかしあの高さから落ちて平気とは流石や」

由紀が感心した様子でそういったのが聞こえた。

僕はハッとして顔を上げる。
恵は、ポカーンと口をあけたまま固まっていた。

その気持ち、わからないでもない。
僕自身あんな高さから落ちて、パラシュートも使わずに、
思い切り普通の地面へと落ちて無傷で居ることがおかしい。

僕はとりあえず不良パラシュートをよこした由紀に、
あてつけの様に鞄を投げつけ、
身体にまとわりついた砂埃を落とし始める。

そんな僕の元へ沙紀が笑顔で歩み寄ってきていた。

「富樫さん。ようこそ、MO学園へ」

僕がその言葉に対し、「え?」と聞き返すと、
沙紀は「詳しくは理事長室でお話しします。恵さんの翼の事も知りたいでしょう?」

そう言い残しスタスタと歩いていってしまった。

恵の方へと視線をやると、まだポカーンと口をあけて固まっていたが、
由紀に呼びかけられ、ハッと我に返り、僕の方へと走りよってきた。

「何とも無いよ。何でだかね」

僕が笑顔でそう答えると、恵もそれに答えるようにニコッと笑い、僕の腕を取った。

「あんた等、ホンマ仲ええなぁ。羨ましいわ。
ほな、理事長室案内するから、ついてきてや」

ちょっと皮肉っぽい言い方でそう言うと、
由紀が僕らを先導するように歩き始めた。

僕らは一度顔を見合わせ、
互いの気持ちを確認するかのように小さく頷くと、
彼女達のあとに続いて、MO学園と呼ばれたその建物の中へと入っていった。