「振り返っても道は無い」


僕達の旅は続いていた。

果てなく続く真っ直ぐな道の先の曲がり角を曲がり。

だが、僕達はふと振り返った。

僕達が歩いてきた道を。

しかし、ここで振り返っても道は無かった。




僕等は由紀に案内され理事長室へと到着した。

沙紀はすでにそこについてドアの前で笑顔で待っていた。

僕たちが到着したのを確認した沙紀は、
由紀と一度アイコンタクトを交わす。
沙紀と由紀、二人の手によって、
大きなドアがゆっくりと開かれていく。

衝撃的なドアの割には、殺風景な部屋だった。
大きなガラス窓、そして机の上に高く束ねられた書類が目に付いた。

「理事長、富樫　時夜と、河野　恵。両二名無事保護致しました」

沙紀が書類の束に向かって丁寧な口調でそう告げた。

すると、書類の束の向こう側から、「ご苦労様」との声が聞こえ、
椅子が動かされた音と共に一人の女性があらわれた。

声から想像した姿より多少若い印象を受ける。
だが、なんだか人を見下したような、
言うなれば女王様と言った印象を感じた。
それに伴い独特の色気も感じさせる。
一言で言えば熟年された大人の女性と言ったところだ。

「富樫　時夜……貴方がそうなのね？」

よく意味のわからない問いかけだったが、
とりあえず僕は「はい」とそう答えておく。

すると続けて女性は恵にも同じ様に問い掛けた。
恵はこくこくと数度頷いてみせる。

「貴方達の身柄は、マテリアルフォーワンセルフ学園、（通称ＭＯ学園）が保護いたします。
貴方達は、犯罪者として既に日本州全域に指名手配されています。
しかし、ここに居る限りは貴方達の身の安全は、私が理事長の名に置いて必ず保障致します」

犯罪者、恵がその言葉に恐怖したのか、
それが理事長の口から漏れた時、僕の背中にそっと寄り添ってくる。

「但し、それには二つの条件があります」

無料で助けてくれるだなんて、
そんなことだろうとは思っていたが、
まさか本当にその通りとは思ってもみなかった。

どんな映画でも、犯罪者、無実とは言え、
匿ってくれる所では必ずとんでもない条件をつけてくるものだ。

僕の想像した所によれば、条件はこうだ。
１つ、当学園の生徒として普通に振舞うこと。
１つ、世界の平和の為に戦うこと。

「１つ、当学園の生徒として普通に振舞い毎日を過ごすこと。
１つ、富樫　時夜、貴方はここに居る、沙紀、由紀の二名が所属する部活。
戦隊ヒーロー部に所属し、陰ながら世界を侵略する悪と戦うこと。以上！」

言葉も出なかった。

だが、僕は気がつけば、沙紀と由紀に満面の笑みで手を引かれ、
引きずられながら理事長室を後にし、高等部と書かれた看板の下を潜りぬけ、
戦隊ヒーロー部！！！と力強く掲げられた部屋へと連れ込まれていた。


そこは殺風景な部屋だった。
特別目にとまるものは無かった。

「よう！！ピンク！イエロー！！そいつが噂のレッドか！？」

「お〜や、天使の少女もちゃんと居るじゃないの？素敵…夢を見てるみたい！！」

「五月蝿いぞ、貴様等」

中に居た人間達を除けば。

「あんた等！静かにしいや！！
今からうちらのリーダー、紹介するさかいな！！」

由紀の一括で、僕等が部屋に入った瞬間に
盛り上がり始めた男どもが一瞬にして静まり返る。

そして、沙紀の指示で全員がきちんと横一列に整列させられ、
僕等はそんな彼等の視線を一斉に集めながら、
まるで学芸会の発表の様に彼等の前に立たされる。

「え〜、こちらが皆に話していた、富樫　時夜さん。
こちらは、皆も知っての通り、天使の少女、河野　恵さん。
細かい事情は順を追って後々説明していくとして、
先ずは……そうね、グリーン！貴方から自己紹介お願いね」

沙紀は、僕達の戸惑いを気にする事無く、
淡々と司会をし話をすすめていく。
そして、沙紀にグリーンと呼ばれた男。
僕等が部屋に入って来た時に、沙紀と由紀の事を、「ピンク！イエロー！」
そう呼んでいた、非常に声のでかいガタイの良い、
明らかに体育会系で、脳みそまで筋肉と言っても誰も疑わないのではないか？
と言うくらい筋肉質な男が威勢良く立ち上がる。

「レッド！！河野さん！！はじめまして！！
俺の名前は、グリーン！！通称、【笹川　隆二】（ささがわ　りゅうじ）！！
力と体力なら俺がナンバーワンだ！！！宜しくな！！」

名前がグリーンで、通称が笹川　隆二なのかと思いつつ、
何故僕の事をレッドと呼ぶのかもわからないが、あえて突っ込まない。

しかし、彼の筋肉質っぷりに恵が怯えていたのは事実であった。

「じゃあ、次は……ブルー！！お願いね！」

勿論、沙紀はそんな様子に気がつく事無く進行を続けていく。
次のブルーと呼ばれた男、僕等が入って来た時に、
「素敵…夢を見てるみたい！！」とカマっぽく喋った、痩せた男。
彼が立ち上がった音は、スッと言うよりは、ぬるっと言った感じだった。
何と言うのか、物体にして例えるならば、
蛇とナメクジが合わさったような滑っこさを持っている気がした。

「はじめまして、レッド、河野さん。あたし、とても緊張してるわ。
だって、２人に逢えてとっても嬉しいんですもの！！
あたしの名前は、ブルー。通称、【天野　浩輔】（あまの　こうすけ）。
ブルーか、こうちゃん！って呼んでくれると嬉しいわ。宜しくね！」

やはり名前がブルーで、通称が天野　浩輔なのかと思いつつ、
何故僕の事をレッドと呼ぶのかも相変わらずわからないままである。
そして、あえて何も突っ込まないのも変わらない。

が、彼のおかまっぷりに、恵が怯えていたのは事実であった。

「じゃあ、男、男！そう着たんや！
次は花の女性陣の改めての紹介やな！！」

やはりそんな様子を気にする事無く、
沙紀は笑顔のまま、今度は由紀がズイズイっと僕等の前に立ちはだかる。

「うちは、はじめましてじゃないな？
名前はもう知ってるやろうから飛ばすで！
うちは、イエロー！
空手３段、剣道４段、合気道６段や！！あわせて１３段！！
更に！！囲碁３段！！将棋４段！！書道初段！！
全部で２０と初段や！！すごいやろ？
趣味は、スポーツ観戦。特技は、料理。
好きな科目は英語と、国語や！宜しくな！！」

と、ここで基本として、「スリーサイズは？」と聞いてみる僕。

「上から、８２……って何言わす！！アホ！！！！！」

次の瞬間、僕の右頬に、由紀の、
右回し蹴り、飛び空中左回し蹴り、
続いて頭に浴びせ蹴り、ムーンサルトキック。
それらが無駄な動きが無く、綺麗に、連続して、
スカートなのでパンツが丸見えだったのだが、
そんな事より僕に攻撃する事が優先的に思われたかの様に、
見ている側としては非常に痛々しく連続して決まった！！

「痛い……」

だが、それだけの強烈な攻撃を連続で食らっていて、
僕の身体は全く動じる事無く、
感じた事は普通に拳骨を食らわされた位の痛みだった。

それを見て、グリーンから、
「流石、レッドだぜ！！」との声があがっていたが、
相変わらず意味がさっぱりわからない。

「じゃあ、次は私ね」

そして、やっぱりそんな様子を全然気にする事無く、
沙紀が嬉しそうに手を合わせて由紀に代わり僕等の前に立つ。

「レッド、私もはじめましてじゃないけど、はじめまして。
私は、ピンク。通称、陣内　沙紀です。沙紀って呼んでくださいね。
私の能力は、【透視】です。物体、人体、心、そして未来。何でも透視する事が出来ます。
だから、私だけは恵さんの翼、見る事は出来ませんが知る事が出来ています。
富樫さんの能力が目覚める事、恵さんが翼を持つ事。私は、全てを透視していました。
こうして出会えたのは偶然ではありません。全て必然です。
あ、私の趣味は、クロスワードとお裁縫。特技は……水泳かな？
スリーサイズは、上から８５、５２、８６です」

聞いても居ない事まで沙紀は答えていた。
沙紀がスリーサイズを答えると、
グリーンが嬉しそうに「ヒュー！」と指笛を吹いて見せていた。

沙紀はそれに答えて、「いぇ〜い♪」とターンをしてみせる。
思っていたよりはノリが良いタイプの様だ。
最初の印象とは変わるが、悪くは無いと思う。

「さぁ、ブラックちゃん。本日の主役達の前に自己紹介しなくちゃ」

ブルーがずっと黙ったまま僕等を睨みつける様な視線で見ていた男に声をかける。
男は、それに答えることなく無言で立ち上がり、見下すような体制で僕の前に立ちはだかる。

（喧嘩売ってるのか……？）

心の中でそう思いながら男の様子を探る。

ズシャ！！！！！！！

何かが僕の身体に突き刺さったような気がした。
クチュクチュと液体をかき混ぜる様な音が聞こえる。
ふと横に視線をやると、恵が青ざめた顔で口を抑えて立ち尽くしていた。

続いて回りを見渡してみると、
他のメンバーは、驚愕の表情で固まっている。

だが、一人だけ、ブラックは微笑んでいた。

僕は自分の身体に視線を戻す。
痛み？いや、熱さを感じた。
感覚は大体僕の下腹部から中腹部辺りに感じる。

僕は自分の腹元へとゆっくり視線を落とす。

ブラックの手が見えた。
そして、黒い刃物の様な物体が僕の身体を貫いているのが見えた。
僕の肉をえぐるようにしてそれは弧を描き動かされていた。

『ブラックーーーーーーーーーーー！！！！！！！！』

僕と恵を除いた全員が、同時に怒りと悲しみと恐怖。
この三つを交えた様な感情の叫び声を上げた。


僕の腹部より引き抜かれた、
鋭利な刃物上の物体から赤い血が滴り落ちていた。
ブラックはそれをチロリと音を立てて舐める。

「ブラック！！てめぇ！！！！！！！」

グリーンが僕の腹部からそれが抜き取られた事を確認すると、
物凄い勢いでブラックの胸倉につかみかかる。
その表情には怒りを強く感じたが、
蛇に睨まれた蛙の様な極端な実力の差も感じられた。

「グリーン、俺とやるのか？」

ブラックはそんなグリーンを見てニヤリと気色の悪い笑みを浮かべる。

ブラックは楽しそうだった。
正義のヒーローではなく悪役そのものだった。
流石ブラックと言う名前なだけはある。

「やめなさい！！！グリーン！！ブラック！！！」

鋭い叫び声で、沙紀が２人の間に割ってはいる。

グリーンは、沙紀に止められ、
チッと舌打ちをし、ブルーの隣にドカッと座り込んだ。

「貴方、レッドの能力をわざと試したのね？」

沙紀の言葉にブラックはただ黙って微笑を浮かべている。
みれば見るほど気持ち悪い男だ。

「レッド、傷は平気？」

沙紀は振り返り僕の腹部に手を添える。

「……やっぱり、もう傷が塞がってる」

傷が塞がっている…。それ程深く刺されなかったのか？
いや、ナイフなどの刃物で刺されたことは無いが、
正直、僕の背中ほどまでに到達していたのではないか？
と言う位、身体に異物感を感じていた。

しかし不思議と痛みは無かった。
苦しみも、刺された事による恐怖も感じなかった。

僕の感情は全て途絶えてしまったかのように。

恵が心配そうに僕の腹部を撫でてきた。
相変わらず泣きっぱなしだった。

僕は恵を優しく抱きしめ、ソッと頭を撫でてやった。

「なんや、今日は白けたな。解散にしよか」

由紀がそうこぼすと、
男達は、バラバラに床に置かれている鞄を拾い上げ、
無言のまま部室を後にしていった。