「舞い降りた奇蹟」



僕達の旅は尚も続いていく。

果てなく続く真っ直ぐな道の先の曲がり角を曲がり、

時には振り返ってみたりもした。

そこに何も無くても、僕はただ進み続けた。

だが、僕の道をふさぐ障害物に出くわした。

これを避けるのであれば相当な遠回りが必要とされたであろう。

しかし、その時奇蹟は舞い降りた。



閃光に包まれた僕の体。

ほんの一瞬だった。
その光が消え去った時、僕はセンスの悪い、
もとい、戦隊物のお約束の真っ赤なスーツに身を包んでいた。

「さぁ、レッド!!」

沙紀に促されるようにして、僕は廊下へと飛び出す!

そこには、何の変哲も無い学生服に身を包んだ女子高生が、
こちらに背を向けて立って居た。

僕はその子を見て、
自分の目が完全に腐食でもしてしまったのかと思った。

……恵と同じ翼がその子の背中にも見えたから……。





少女は僕等の気配を感じたのか、
ゆっくりとこちらを振り返る。
その顔は、まだあどけなさの残る幼顔だった。

だが、回りに倒れる人間の血か、
所々が赤く染められていた。

「ドミニオン…なのか?」

僕がそうつぶやくと背中越しに沙紀が、
小さい声だったが力強く「はい」と頷く声が聞こえた。

僕は走り出していた。
ドミニオンに向かって一直線に、無防備に。

ドミニオンは微動だにしていなかった。
だが僕は、兎に角必死で攻撃を繰り出す。

人体の急所と言われる鳩尾、
そして、顔面、間接部の付け根。

細かいことを言わなければ、
喧嘩をするなら卑怯と言われるとわかっている箇所。
そればかりを狙って攻撃を繰り出し続けていた。

しかし、ダメージを与えている様子は無い。

「レッド!!危ない!!!」

沙紀が叫ぶ声が聞こえた。
ドミニオンが僕の眼前に、
手をかざしていたのがわかった。

あまりにも必死で攻撃し続けていて、
全く気がつかなかったのだ。

次の瞬間!!物凄い圧力で僕は吹き飛ばされ、宙を舞った!!

光の速さで地球が自転したのか?
と思うほど早く、僕の視界は回転させられた。

そのままなす術無く顔面から地面へと落下していく。

「レッド!!!」

また沙紀の声が聞こえた。

僕はもう半ば諦めかけ目を閉じていた。
これは、夢なんだとそう自分に言い聞かせて。

硬い地面にぶつかると思ったが、
なんだかやわらかい物の上に僕は落下した。

これは枕だと思った。

ちょっと頭の置き心地が悪いので、
僕は枕の位置を直そうと目を閉じたまま手探りを始める。

「あ、ちょ…レッド!!!」

枕にしては随分と柔らかかった。

ついこの間はじめて味わったような、
だが、どこか懐かしいようなそんな感触だった。
僕は頭がはっきりしないまま、
手だけは動かし続けた状態で、そっと目を開けた。

さっき見たばかりのピンク色が目に入った。

「レッド…好い加減にしてください!!怒りますよ!!!」

顔を上げると、そこには沙紀の顔があった。

少し怒っている様子だった。
そして、僕は現状を把握する。

「ごごご!!ごめん沙紀!!つい…!!」

慌てて身体を起こし身を引き防御の体制をとる。
僕は、半分寝ぼけた状態で、
沙紀の胸をもみまくっていたのだった……。

「沙紀じゃありません、ピンクです」

沙紀は、僕の犯した行動よりも、
ピンクではなく沙紀と呼んだ事に対して不機嫌そうだった。

……彼女は、身をていして、
地面へと落下していく僕を助けてくれていたのだ。

僕が呆然と立ち尽くしていると、
沙紀は僕の横を黙って素通りし、ドミニオンの前に立つ。

ドミニオンの少女はそれを見て一瞬怪しく微笑むと、
沙紀に向かって物凄い猛攻を繰り出し始める。

だが、沙紀は殆ど無駄な動き無くそれをかわし続ける。

しかし、反撃をする様子は一切なかった。
吹き飛ばされただけの僕が言うのもなんだが、
反撃のチャンスはいくらでもあったはずだ。
あれだけ無駄なく攻撃を避ける事が出来るなら尚更に。

そのうち、ドミニオンも疲れてきたのか、
攻撃のペースが段々と衰えてきているのが目に見えてわかった。

それからすぐに攻撃をぴたりとやめて、
その場にぼーぜんと立ち尽くしてしまう。

すると、沙紀の方に動きが見えた。

変身ヒーローのお約束で、
腰に携えられていた銃を抜き取ると、
それを両手で持ち正面に構え、大声を上げる。

「グランドブレード!!!」

沙紀が声を上げると、更にお約束で、
銃口から粒子の塊のような物質がブイーンと音を立てて剣状に発生する。

「グランドクロス!!!」

声と共に、十字にドミニオンを切りつける沙紀。

沙紀に切りつけられたドミニオンは、
その可愛らしい見た目とは裏腹に、
強烈におぞましい声を上げて消滅していった。

「お、こっちも終わったみたいやな」

背中から由紀の声が聞こえてくる。

振り返ると、真っ黄色の趣味の悪い…。
いや、戦隊物お約束の黄色いスーツに身を包んだ由紀が立っていた。

「えぇ、同時出現は珍しい事じゃないけど、
4体も居ただなんて、驚きね」

少しため息交じりで沙紀がそうつぶやくのが聞こえた。

「そやな、お蔭様で、一人一体配分や。
そら、しんどいで……あれ?レッドどないしたん?」

「ん?」

「アンタ、鼻血でとるで?面やられたんか?」

「え、あ、や、その…」

口ごもる僕の背中越しに、
クスクスとおしとやかに笑う沙紀の声が聞こえた。



僕は、部室へと足を進めながらドミニオンの事について二人に尋ねていた。

まずは、沙紀が何故あの時反撃しなかったのか。

「下級のドミニオンって、ラジコンみたいなんですよ」

「ラ、ラジコン?」

僕が拍子抜けした声で問い返すと沙紀は、
クスッと笑い、こう説明してくれた。

「疲れると、動かなくなるんです。
たぶん、能力自体がきちんと成長しきってないので、
脳の方で制御が出来ていないのだと思います。
だから、ペース配分を考える事無く動き、
疲れたら場所を関係無くその場で休憩しちゃうんですね」

そして、「赤ちゃんみたいで可愛いですよね」と沙紀。
僕は、そのとんでもない発言に、静々と苦笑するのであった。

「なぁ、富樫。アンタだからあれで生きてたんやで?」

「え?」

「アンタ、シールド持ってるやろ?でも、うちらはそうやない。
ドミニオンの力は半端なもんやないで。
沙紀はな、避ける事の大切さも教えたつもりのはずや」

由紀は真剣な表情でそう告げ、僕の肩を軽くたたく。

言われてみて実感した。僕は、あの惨状を見ただろう?
ドミニオンの回りで倒れる人々。
突然に頭から血を噴出したり、破裂音と共に胴体が吹き飛んだり……。

そして、さっきの廊下を思い出す。
倒れる生徒達の姿はおぞましく惨たらしい物と化していた事を……。

「大丈夫ですか?富樫さん、顔色が悪いですよ?」

「あ、ごめん…僕、バカだなと思って……」

僕がそう呟くと、沙紀はニコッと笑って僕の背中に一発激を入れてくる。

「元気だせよ!リーダー!!」

それはあまりにも爽快で、
僕は衝撃のあまり、ポカーンと口をあけて立ち尽くしてしまうのだった。

「…アンタ心配しすぎやで!うちらも、流石に一発や二発でやられんわ。
うちらのスーツには簡易的なシールドの能力が施されとるんでな」

「へぇー、良く出来てるんだなー」

感心してそう声を上げると、

「まぁな、でも、まだまだ改善の必要はあるで」

何故か由紀が照れくさそうにしていた。




「富樫さん!部室、通り過ぎてますよ!!」

その声に慌てて僕は引き返し部室のドアをあけた。

日が暮れ始めてきていて、室内はオレンジ色に染まっていた。
その陽光の中、真剣な表情でトランプタワーを組み立てる恵が目に入った。

隣では、グリーンとブルーが手に汗を握りながら声援を送っていた。

ブラックの姿は無い。もう帰ったのだろうか?
鞄は僕のもを含めても1つ足りなかった。

「頑張れ恵ちゃん!!あと一枚で完成だ!!!」

グリーンの言葉に、恵はこくんと小さく頷き、
プルプルと手を震わせながら、頂上に最後の一枚を重ねていく。

なんだかんだで、僕も思わず緊張で息を飲む。

部室内は静まり返っていた。

頂上にトランプが乗せられ、恵の手がそこからゆっくりと離された。

恵の口から安堵の息がこぼれた瞬間。

「やったーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

「素敵!素敵よ!恵ちゃん!!!」

と、グリーンとブルーが同時に歓喜の声を上げた。

男同士抱き合いながら涙を流し大喜びをしていた。
とてつもなく汗臭い光景だったが、人の事でここまで喜べるこいつ等は凄い。
心のそこからそう思うのだった。

「どかーん!!!!!!」

悪戯心からか、由紀がそう言って、
鞄で風を起こしトランプタワーを崩してしまった。

「あぁーーーーーー!!!!!!!」

それをみて、グリーンとブルーが涙目で由紀を睨みつける。

「イエローてめぇー!!!」

「お、うちとやる気?」

「表出なさい!!!殺伐とした達磨さんが転んだで勝負よ!!!」

「望む所や!!!」

火花を散らし睨み合う三人。
タワーを建てた当人の恵は、
三人の間にはさまれ困った表情で苦笑いを浮かべていた。

そして、そんな三人の中に沙紀が割って入っていき、まず一度静止させる。

恵はそのすきに入り口付近で立ち尽くしていた僕の元へと駆け寄ってきて、
心配そうに僕の手を取り、こう尋ねてきた。

「どこも怪我してない?」

僕は言葉を発しないで精一杯の笑みで答えてみる。
恵もそれを見て、一瞬驚いていたが、ニコッと微笑み返してくれる。

「と、言う訳で、遊ぶなら皆で遊びましょうね」

そう言う沙紀の声が聞こえた。
それと共に、全員が鞄を持ってゾロゾロと表に向かって歩き出す。

「レッド、お前も参加するよな?」

「殺伐とした達磨さんが転んだ。レッドもやりましょうね」

「富樫さん、お先に表で待ってますね」

訳がわからず固まっていると、
由紀が僕と恵の手をとり、無理やりと表へと引きずり始める。

「アンタ等、いい若いもんが春先からイチャイチャしてるから夏が暑いんや!!
スポーツして発散するで!!さ、はよ!!」

達磨さんが転んだはスポーツなのかと突っ込みたかったが、
殴られそうなので由紀にひきづられ僕と恵は表へと連れられ、
強制的に殺伐とした達磨さんが転んだに参加させられるのであった。



それは、ただの達磨さんが転んだだった。

普通のと違うところは、最初に皆で一斉に、
「殺伐とした!!」と声をそろえて叫ぶ所だけだった。

何の変哲も無い、学生達の昼下がりの交流。
一言で表せばそんな様子であった。

色々とおかしな事が続いていたけど、
こうしていると僕達はなんて事無い学生なんだなと心から思うのであった。

「あ、次は恵さんが鬼ですね?」

恵は困った様子で首をふっていた。
どうやって号令をかけるのか?そう思っているのだろう。

「富樫ー!アンタも一緒に鬼やればええんや!それで万事OKや!!」

「そうだそうだ!お前、恵ちゃんが可愛いんだろ!?助けてやれよ!男なら!!!」

「そうよ!ついでに次の鬼もレッドに譲ってあげるから!!」

都合の良い意見も聞こえたような気がしたが、
僕は言われるがままに鬼を実行していた。

「良しっ!じゃー行くぞー!!!せーの!!」

『殺伐とした!!!!!』

そして実際それは殺伐ともしていなく、
和気藹々と言った様子で進行していき、
結局日が暮れるまで続いていたのであった。