「手を取り合って」



僕達の旅もきっともうすぐ終わるだろう。

果てなく続く真っ直ぐな道の先の曲がり角を曲がり、

時には振り返ってみたりもした。

そこに何も無くても、僕はただ進み続けた。

だが、僕の道をふさぐ障害物に出くわした。

これを壊して進むのは容易な事ではない。

避けるのであれば相当な遠回りが必要とされた。

すると、その時奇蹟は舞い降りた。

物凄い轟音と共に稲妻が降り注いだのだ!!

岩はバラバラに崩れ去っていた。

だが、僕等の進むべきはずの道も崩れ去っていた。

だから僕等は力をあわせようとみんなで手を取り合った。



迫り来る者達。
彼等はどこに身を潜めているのかわからなかった。

突然に背後に気配を感じたと思えば、彼等はそこにいる事もある。
街の中で悪寒を感じた時、彼等はそこにいる事もある。

だがしかし、彼等は決して見境無く暴れまわったりはしていなかった。

彼等が行動を起こすのは決まって学園内。

…なら、どうして事件はいつも学園内でしか起こらないのだろうか?

幾人もの生徒達が命を落とし、
それでも次々と学園に来る新しい生徒。

彼等は事情を知り、そしてここへとやってきているのだろうか?
それとも、知らずしてここに迷い込んだ子羊なのだろうか?

狼に対抗する手段を持たぬ子羊は、ただ逃げ惑うか、
食い殺されるか。その二択しか選び出す事はできない。
本能で生きている動物でさえ簡単に理解できる単純な事だ。

弱肉強食、強いものは生き、弱いものは…、死ぬ……。

じゃあ、僕等はいったい何なのだろうか?
その狼に抵抗する力を得た……人間?

「とーきや♪」

その声の後、僕の目は完全に視力を失った。
いや、大げさに言っているだけでただ目隠しをされているだけなんだけど…。

「だーれだ?」

「……沙紀か由紀」

「ちゃんと一人に絞らんとダメや!!」

「…由紀」

はっきり言ってこの双子を声だけで絞り込むのは不可能だ。
見た目もさることながら、声もほぼ全く区別のつかない位にそっくりなんだから。

「お、やれば出来るやないか?」

この2人を区別するならば、それこそ、喋り方と髪型位でしかない。

「何かよう?」

「沙紀が呼んでたで。ぼーっとしてたからちょっと悪戯したくなったんや」

「ふーん、まぁ、いいけど」

沙紀が呼んでいた、そういわれたのでふと廊下に視線をやると、
ニコニコと笑顔で手招きをしている彼女の姿があった。

僕が席を立ちそちらへと向かうと、
沙紀は僕から逃げるようにしてスタスタと駆け出していった。

「な、何だ?」

どういうつもりなのかよくわからなかったが、
僕はとにかく彼女のあとを追いかけた。



だが、僕の考えはどうやら甘かったようだ。

「……速すぎ…」

所詮、俄仕込みの僕の体力では、
毎日鍛えていると言う彼女の足に追いつくのは無謀な事だったのだ。
速さもさることながら、その体力が何とも言えず強靭なのだから…。

僕は自転車置き場にたどり着いた時、
彼女の姿を完全に見失ってしまっていた。

「だーれだ♪」

……またしても僕の視界は何者かの手によって完全にさえぎられる。

「……沙紀か由紀」

「もう!真面目に答えてください!」

「沙紀…」

「あはは♪やれば出来ますね、時夜さん!」

相変わらず声だけでは全く区別がつかない。
しかし流石双子と言うか、やる事はそっくりだなと思う。
突然にやってきて目隠し攻撃とは…。

「あ、ところで沙紀。用事って何?」

すると沙紀は、思い出したかのようにぽんっと手を叩くと、
僕の手をとり、無言で自転車置き場の方へと引っ張っりこんでいく。

そして、ある程度歩いたところで突然に足を止め、
満面の笑みで僕のほうへと振り返り……。

「じゃーん♪」

「いや、じゃーん♪とか言われても……」

すっごく嬉しそうにそう言った。

「見てくださいよ!これ!!」

沙希が指差すものは、一目で大型とわかる程のかなりでかいバイクだった。

「ヒーロー用に作ってもらったんですよ♪素敵でしょ?
 名前は、オペラって言うんです」

「名前?バイクの機種の事?」

「違いますよ!この子の名前がオペラって言うんです。機種名はまた別ですよ」

「へぇ…名前をつけて大事にしてるなんて偉いね」

その言葉に沙希は嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。

「ちなみに、バイクの機種名は、オーバーグレンサテライトシステマ、ゴールデンソードです」

「はぁ?」

「オーバーグレンサテライトシステマ、ゴールデンソードです」

「どこの会社のバイク…?」

そんな長いわけのわからない、
しかもダサいネームをつけるバイク製造会社などあるのだろうか?
僕はそれ程に詳しいわけじゃないけど、
今までの人生で見てきた色々なバイクの事をフル回転で思い出してみていた…。

が、勿論そんな名前のバイクが浮かぶはずも無く、
僕はうつむいたまま黙り込んでしまっていた。

「時夜さん、このバイク(こ)は由紀が作ったんですよ」

「あ、そうなんだ由紀が…納得…ってはぁ!?」

「えぇ?」

「由紀はバイクなんて作れるのか!?」

「え…?あ、はい!由紀なら材料さえあればどんな機械でも簡単に出来ちゃいますよ!」

僕のびっくり度合いに、沙希もかなり驚いていたが、
すぐにいつもの笑顔でわかりやすく答えてくれるのだった。

「……人間何でも一つはとりえがあるもんだなぁ…」

そして、そんな由紀に心から感心する僕なのであった。

沙紀は僕のうなずきまくる姿を見てクスクスと笑っていた。

「よいしょっと…」

掛け声とともに、バイクにまたがりエンジンをかける沙希。

「時夜さん、さぁ、乗ってください」

と、素敵な笑顔で微笑んできた沙紀に対し、
僕はふらふらと惹かれるようにバイクの後部座席へと座った。
この後大変酷い目に合うとも知らずに……。



高速を飛ばし数時間。僕らは海までやってきていた。

季節は春先、やっぱりまだ人気はない。
波の音と時折過ぎる車の走行音だけが聞こえる。

僕等の間にしばらく会話はなかった。

ちなみに、僕の方は沙希の暴走運転でべらぼうに酔っていて、
喋りたくても喋れなかっただけなんだけど……。

…それから、何度砂と波がぶつかりあったのか、
僕の酔いが覚めてきた頃に沙希が静かに口を開いた。

「私のバイクの後部座席、荷物以外が乗ったの初めてですよ」

「……荷物以外って…それじゃ僕もある意味荷物みたいじゃないか」

「えぇ?そんな事ないですよ!
私、初めて誰かを乗せてあげて感動してたんですから♪」

沙希は本当にうれしそうに語り続ける。
そんな彼女の姿を見ていると、
何故に隆二達が僕を同情するような目で見ていたのか疑問に感じてならない。
ただの嫉妬とは取れない連中だし…本当に不思議でたまらなかった。

「時夜さん、ちゃんと私の話聞いてます?」

「…え?あ、うん。聞いてるよ」

「じゃあ、私今何て言いました?」

「…………………ごめんなさい」

「もうっ!やっぱり聞いてないんだから!」

沙希はぷいっと僕に背を向けた。

「……海の家、行きましょうよ」

「へ?」

僕の問いかけ答えることなく、沙希は駆け出していく。

「ちょ…待ってよ!」

あわてて追いかける僕だが、相変わらず沙希の足は速い。
しかもこれほどまでに足場の悪い砂浜だというのにもかかわらず、
まるでボクサーがロードワークをしている時みたいに華麗に走っている。

そう、僕はいつも思うんだ。
砂浜で追いかけっこなんて出来るカップルは、
男女ともに、相当つま先が強いんだなと…。

「ぜー…はぁーーーーー…げふ」

やっとの思いで走り、僕は何とか海の家までやってきた。

「もっとしっかりしてくださいね、リーダー」

バテバテの僕を見て、沙希はクスッと笑う。
だがしかし、まったく呼吸を乱していない沙希は本当に凄すぎだ。

「やっぱり夏じゃないからまだやってませんね」

季節は春先。
流石の海の家も客足が無いのはわかっているのだから、
いくらなんでも営業している訳は無い。

沙希もそれを理解してここまで来ていたのだろうが、ものすごく残念そうだった。

「あぁーあ、海の家のアイスクリームを二人で食べるのって憧れだったのにな」

「アイスクリーム?」

「そうなんですよ、一度で良いから男の人と二人きりで。
誰もいない静かな季節に、海を眺めながら一緒にアイス食べたかったなって…」

「アイス位どこでも買えるじゃん」

「海の家で買ったアイスクリームがいいんですよ」

「乙女のロマンってやつ?」

僕がそう言うと、沙希は言葉で答えることなくニコッと笑い、
そのまま、すぐに立ち上がると、僕の手をとり半ば強引に海に向かって駆け出していく。

「どっかーーーん!!!」

「だぁぁーーー!!」

バッシャーン!!と物凄い水音と共に、
辺りには盛大に水しぶきが飛び散った。

沙希が突然に僕を海へと思いっきり突き飛ばしてくれたのだ。

「あっはははははは!!」

そしてケラケラと盛大に笑いこける沙希。

「乙女心を踏みにじる男は成敗です!」

笑いまくってすっきりしたのか、
ポーズをとり、決め台詞を叫ぶ沙希。

「いつまでもつかってると風邪引きますよ」

そう言うと沙希は、僕の方にスッと手を差し出してくる。
多分立ち上がるために手を貸してくれるつもりだったのだろう。

しかし、ただやられて黙っていられるはずの無い僕は、
その手を掴むと、沙希の事を強引に海の中へと引きずり込んだ!!

僕の時と同じく、バッシャーン!!と物凄い水音と共に、
辺りには盛大に水しぶきが飛び散るのだった。

「…ぷはぁ!!ひどい…時夜さん!!」

「へへっ、黙ってやられる奴なんか中々いないよ」

「もーっ!バカぁ!!」

びしょぬれになってちょっと寒かったけど、
僕らは顔を見合わせてバカみたいに笑った。

「時夜さん、最後に灯台に行きましょう」

ある程度経って笑いが収まってきた頃、沙希はそう告げた。
そして、僕の手を取ると、やはり半ばそのまま走り始める。

だけど、僕自身今日かなり走り回って疲れていたはずなのに、
彼女の手を握っているだけで不思議と疲れを感じない。
何故だかそんな気がしていた。



灯台にたどり着いた時にはもうすでに日は暮れていて、
ぼんやりと灯る証明に照らされ、幻想的な空間が生まれていた。

「……綺麗…」

彼女が海を見つめつぶやいたその言葉に、
定番のドラマによくある台詞、君のほうが綺麗だよと口走りそうになる僕。

「今日は連れて来てくれてありがとうございました」

が、そんな台詞は沙希のあっけらかんな発言によって忘れ去られる。

「へ?連れて来てくれたのは沙希じゃないか…?」

「私、一人じゃ絶対来れませんから」

沙希はそう言ってニコッと笑う。
やっぱりどこかずれている気がするけど、
そのずれ具合がまた沙希らしくてかわいらしかった。

「恵さん、心配してますよね」

「あ…………!!!」

そう言われれば恵の事をすっかり忘れていた…。
何だか成り行きでここまで来て楽しさのあまりに時が経つのを忘れて…。

「でも、心配無いですよ。
由紀が伝えておいてくれてますから、秘密訓練だって」

「……ひ、秘密訓練?」

「心の修行です」

この時僕は、ほんの一瞬だけど、
沙希の笑顔に何だか物悲しさが含まれていたような気がした。

「…沙希に言われるまで、恵の事、恵には悪いけどすっかり忘れてたよ」

「あら?それじゃあ全然心の修行になりませんでしたね。駄目ですよ?時夜さん?」

この時、僕の心は彼女に読まれているのではないか。
そんな気がしてたまらなかった。

「時夜、私に隠し事しても無駄ですからね」

「……沙希…」

だって、沙希には、透視の力があるのだから……。

「じゃあ、沙希、僕が今何を考えてるか言ってみてよ」

僕が挑戦的に言うと沙希は、

「いやです」

と、ニコッと笑顔で言った。

「隠し事は、無駄。ですよ?」

この優しい笑顔の裏にはいったい何が隠されているのか。
僕には理解できていなかった。

だけど、たった今日一日だけなのに、彼女に対して隠していたはずの気持ちが、
隠し事ではなくなってしまっていたのに、きっと彼女も気がついていたんだと思う。

「帰りましょう、時夜さん」

その証拠と言うわけでもないが、彼女が放っていたオーラに、
海から家に帰り着くまでの間、僕は一言も言葉を発することが出来なかったのだから。




そして、僕等はほぼ夜中になろうと言う頃に、
やっとこさ自宅付近へとたどり着いていた。

「それじゃ、おやすみなさい」

「うん、今日はありがとう。おやすみ」

僕の言葉に沙希は笑顔で答えると、
轟音をかき鳴らしバイクとともに闇へと姿を消した。

沙希の笑顔は、最後まで優しく、そして美しかった…。

その日の夜は、恵の言葉も耳に入らぬほど、
僕は沙希の事ばかりを考え続けていたのだった………。

自分自身にこの気持ちが真実なのかを問い詰めながら……。