「空も飛べるはず」



僕達の旅も終りが見えてきた。

果てなく続く真っ直ぐな道の先の曲がり角を曲がり、

時には振り返ってみたりもした。

そこに何も無くても、僕はただ進み続けた。

だが、僕の道をふさぐ障害物に出くわした。

これを壊して進むのは容易な事ではない。

避けるのであれば相当な遠回りが必要とされた。

すると、その時奇蹟は舞い降りた。

物凄い轟音と共に稲妻が降り注いだのだ!!

岩はバラバラに崩れ去っていた。

だが、僕等の進むべきはずの道も崩れ去っていた。

僕等はみんなで手を取り合った。

無言のまま、呼吸を揃え、そして、空へと……。



退屈な授業時間。
いつもと変わらない青空。
あれから結構時間は過ぎていた。

流石に見慣れたクラスメイトたちの顔。

男と言えど、転校生としてちやほやされたの最初のうちだけ。
今はもう休み時間となれば、クラスメイトの殆どが隣のクラスへと足早に向かっていく。

男達の目的は、今まで通りの沙紀と、
そして、女生徒達も目的とする、新たなアイドル恵。

…恵は、実は絵が半端じゃなく上手い。
将来画家を目指していると言うだけの事はあって、
髪の毛の一本一本までかなり正確に再現してみせる。

ちょっと前、恵の自宅に一度だけ僕はお邪魔した事があった。
いつも僕の所には喜んで来るのに、
僕を自宅へ招くのをとても嫌がっていたので、
その日はしつこく頼んでみて、半ば無理やりに向かっていた。

「何か見せちゃまずいものでもあるの?」

部屋の前へと辿り着き、「恵の部屋」
と描かれた看板がつるされるドアの前。
フルフルと首をふって、まだも渋る恵。

僕はここまできて!と思い、
ちょっと強引に恵を押しのけると部屋のドアを開いた。

恵が恥ずかしさにか僕の背中をポカポカと叩いていた

そこは、その行動が物凄く理解できるような部屋だった。
正直、恥ずかしくて僕自身が部屋から逃げ出したくなるくらいに。

様々な僕が色々な表情で迎えてくれていたのだ。

何時の間にこんな隠し撮りを…。最初はそう思った。
だが、よく見てみるとそれは写真では出せない。
恵らしい質感を持った完全手書きのイラストだったのだ。

「時夜さん、最近は黙って片隅で見守るだけなんですね」

ぼーっと昔の事を思い出していたが、
沙紀の声にハッとして、僕はその場へと引き戻される。

「あぁ、まぁ、邪魔してもしょうがないしね」

僕が苦笑いを浮かべながらそう答えると、
沙紀はクスッと小さな笑いを浮かべる。

僕は恵がチヤホヤされるのを最初は気に入らなかった。
だが…今はもう止めようとすら思わない。
1つは確かに邪魔をしてもしょうがないと言う事だが、
もう1つは………。

この時僕は、この間の飲み会で隆二が言っていた事を思い出していた。

「沙紀には絶対惚れるなよ」

今僕は、恵と言う存在が居ながらも、
少しずつ、自分でもはっきりとわかる位。
沙紀に惹かれているのを感じていた。

「沙紀、何も知らない人達から見たら、僕等はどういう関係に見えるかな?」

そして、迂闊にも僕は、
そんなくだらない事をこぼしてしまった。

「え…!?」

沙紀は一瞬驚いた様子を見せ、そして忙しなく手を組替えたり、
「えっと…あの……」等あいまいな言葉を浮かべている。

「なんでもないんだ!!」

その様子になんだか僕は、
沙紀の口から答えを聞くのが恐くなり、
慌ててそう付け足していた。

「友達…友達ですよ!ね?」

僕の態度に少し怯えたような声でそう告げた沙紀だったが、
その言葉に対し、僕は否定も肯定もできないでいたのだった。



暫くの間、気まずい沈黙が続いていた。
そんな時、休み時間終了のチャイムが鳴り響く。

僕はチャイムに救われ、
逃げ出すようにして教室へと戻っていった。

それからの授業は全く頭に入っていなかった。
僕はボーっと白紙のノートを睨みつけながら、
頭の中は彼女の事で一杯になっていた。

「時夜」

僕はその声にハッとし物凄い勢いで振り向く。

「…な…なんや!?偉い勢いええな?どっか具合悪いんか?」

そこに居たのは由紀だった。
双子なだけあって、声まで良く似ている。

「…紛らわしい声で話し掛けないでくれよ…」

「ん?どしたん?」

「……なんでもない。昨日あんまり寝て無くてさ」

あまり満足いかない様子だったが、
由紀は「無理したらあかんで」と言い残し教室を後にしていった。

「……ごめん」

聞こえていないとわかっていても、
酷い事を思ってしまった自身への遣る瀬無さに、
僕の口からは自然とそうこぼれていた。





昼休み、屋上でみんなとご飯を食べていた時も、
僕はずっと上の空だった。

僕、恵、隆二、浩輔、大樹、由紀…そして沙紀。
今日は、沙紀の姿は無かった。

昼前に具合が悪いと早退したらしい。

僕は……もしかしたら沙紀の事を傷つけてしまったのかもしれない。
僕がとった行動は、本当に愚かなものだったのかもしれない。

そんなことを考えて授業を受けていると、
6時限目のチャイムが、全ての授業が終わった事を告げていた。

結局、その日一日。僕の頭からは沙紀の事が離れなかった…。




「ちょっと出かけてくるよ」

僕は行き先も告げずに財布だけを持って家を飛び出した。
住宅エリアから歩いてすぐの所のショッピングエリア。
そこで公衆電話を見つけ出し、すぐさま中に駆け込むと、
迷う事無く沙紀の携帯の番号を押す。

今日は休日。
昨日の事が引っかかっていた僕は、
どうしても沙紀と話がしたかったのだ。

5…6…7………10…。
沙紀が電話に出る様子は無かった。

「時夜…さん?」

やっぱり駄目かと諦めかけてきたその時、
微かに受話器の向こう側からそう呼ぶ声が聞こえた。

「……あ…沙紀?どうしてわかった…?」

「愚問ですね」

その言葉のあとに、クスっといつもの様に笑う声が聞こえた。

「今から会えないかな?」

「私、昨日早退したんですよ?それでも誘い出すんですか?」

物凄く演技がかった技とらしい言い方だった。

「愚問ですね」

僕は沙紀の口調を真似てそう告げてみる。

すると、沙紀はまたクスッと笑うとこう告げた。

「【古の森】で会いましょう」

電話は一方的に切られてしまった。

「古の森……」

古の森。それは初めてこの学園を訪れた時。
沙紀が案内してくれた学園から通ずる大きな森であった。

大して印象にも残っていなかったが、
僕は沙紀に会う為にあいまいな記憶をたどりながらその森へと走り始めた。



僕が森に辿り着いた時、既に日は暮れかけていた。

「沙紀……」

彼女の姿はそこには無かった。
乗り捨てられたのかの様に、一台のバイクが止められていただけだった。

帰ってしまったのかと、ショックのあまりに涙がこぼれそうになった。
僕はそれをこらえる為にふと目の前にそびえる巨大な大木を見上げる。

「大丈夫ですよ、私も今ついた所ですから」

木の中央辺りには沙紀の姿があった。
どうやって登ったのか、バイクスーツに身を包み、木の幹へと座り込んでいた。

と思った矢先!!!

「な!!!」

沙紀が数メートルもあろう大木から飛び降りたのだ!!!

僕は衝撃のあまりに開いた口が塞がらなかった。
だが、沙紀は平然とした様子で地面へと着地すると、
スタスタと僕の前へと歩み寄ってくる。

「私、鍛えてますし、正義の味方ですからあれ位平気です」

そう告げてニコッと笑う。
沈みかけた夕日を映す沙紀の瞳がとても美しく綺麗だった。

「あ…」

僕は沙紀を抱きしめていた。
自分のしている行動がどれほどに愚かなものか認識していながらも。

沙紀は、僕に受け入れられるようにそっと僕の腰へと手を回す。
一瞬ドキッとして、たじろいでしまったが、
更に力を込めて沙紀の事を抱きしめる。

暫くの間沈黙が続いていた。
この間とは違う、暖かい沈黙が。



そして、太陽が完全に沈み、
森が月明かりだけに照らされ始めた頃。
沙紀が静かに囁くようにこう告げた。

「私…時夜さんが好きです」

僕は無言のまま抱きしめる手に力を込める。

「私…知ってたんです…時夜さんが私の事を好きになってくれてるの…。
でも、恵さんが居るから…私…時夜さんの事、好きになっちゃいけないってわかってたんです」

沙紀の声は震えていた。
小さな肩も僅かに震えているのが感じ取れる。

「それでも…貴方の事好きになっちゃったんです…。
どうしてかわからないけど、恵さんを思う時夜さんの心…。
優しさ…強さ…それを私だけに向けて欲しくて…」

沙紀はスッと顔を上げる。
その瞳は憂いを帯び、美しく魅力的であった。

僕は、その瞳に吸い込まれるようにそっと口づけをし、
確かにはっきりと自分の中にある感情を吐き出した。

「僕は…沙紀の事…好きだよ。友達としてじゃなくて…異性として」

沙紀の顔に静かにつたる一筋の雫が僅かに光を放つ。

「嬉しい…嬉しいです…でも、私じゃ駄目なんです」

「駄目…?こんなに好きで…何が駄目なんだ…?」

沙紀は何も答える事無く、ただ黙って首を横に振った。

「……だけど、今夜だけ。今夜だけ私を貴方の恋人にしてください」

今夜だけ。その言葉を否定しようとすると、
沙紀はそれを制するようにすぐさまこう告げた。

「恵さんじゃないと駄目な理由はこれからわかりますから」

その言葉はまるで、未来を見てきたかのような、そんな確信に満ちていて、
僕には返す言葉を延べる事は出来なかった。

「…一度だけ抱いてください。今夜だけ貴方を時夜と呼ばせてください。
私、それで貴方の事…諦めますから…。
貴方も私を好きになった気持ち忘れてください。
そして、私のことを愛した分だけ……。
いえ、私以上に、恵さんを愛してあげてください…」

僕はもう、黙ってうなづく事しか出来なかった。

「時夜さんには、恵さんじゃないと駄目なんです」

沙紀が告げるその言葉が魔力でも持っていたかのように、
いや、きっと僕は沙紀を愛してしまったから、
逆に沙紀が望むその言葉に否定を延べられなかっただけなのかもしれない。

僕が黙り込んでいると、
沙紀はクスッといつもの様に笑い、
僕に優しく口づけをした。

それは、甘くてやわらかくて…そして、凄く切なかった。