「一週間奮闘気」




「私、秋元 千秋(あきもと ちあき)は、本日を持って幼馴染を卒業します!」

千秋のそんな一言から、
彼女の幼馴染、長谷川 駿(はせがわ しゅん)に告白をする。
ただそれだけの為の一週間奮闘気が始まったのです。





一日目、その日は気持ちの良いくらいの快晴で、
天気予報も一日良い天気が続くでしょうと言い切っていた日だった。

「やっぱりまず定番は、彼の登校より早く下駄箱にラブレターよね!」

千秋は、いつもより30分早く登校し、
彼の下駄箱に手紙を入れ、その後近くに隠れて彼の登校を待つ事にした。

「遅い…遅いよ駿!!」

しかし、肝心の駿はいつもの千秋の登校時間を過ぎても未だ姿を現さない。

……実は駿は陸上部の朝練で早く来ていて、
いつもギリギリで到着する千秋の登校時間を例え30分程度繰り上げた所で、
彼女が先につける訳なかったのだから。

「あれ?これは何だろう…」

「げ!?あれは学年1不細工の山田!!何で駿の下駄箱を見るのよ!!」

…それもそのはず、千秋が手紙を入れる場所を間違えていたのだから…。

山田はその場でその手紙の封を切ると、
徐々に顔を赤らめかせていき、嬉しそうにスキップで教室へと向かっていった。

「………………………………………あぁ…もう終わりだわ…ララバイ青春……。
こんな事なら大量の剃刀を入れてやればよかった…」

ショックのあまりに気絶する千秋。

だが、実は名前を書き忘れていたので、
その後それに気がついた山田は、
悪戯だと思い手紙を破り捨てていた。

そして、この事を千秋が知るのは、
それから一週間後の事なのであった。





二日目、何とかショックから立ち直った千秋。
天候は昨日とは打って変わっての曇り。
午後からは雨も降ると言う。

「ふふふ、今朝はわざと傘を忘れてきたの…。
元々家も近い幼馴染!!駿は性根は優しいから、
文句を言いながらも相合傘をしてくれるはずよ!
そして、そっと寄り添って……あはん…」

何て妄想を抱く千秋。
昨日の教訓を生かしてか、今朝は下駄箱に手紙は辞めたらしい。

鞄の中に原稿用紙(200字詰め)5枚に書き連ねられた思いを、
何度も何度も暗記するほど読み返したためか繰り返しながら。

完全に自分の世界に居た。

「ちょっと!千秋!!」

「…にゃ?」

「にゃ?じゃないわよ!アンタ当てられてるよ!!」

「え!?あ!!はい?!」

妄想の世界に飛び立っていた千秋。
自らが当てられていた声も全く聞こえていなかった。

「あ…ごめんなさい、聴いてませんでした…」

「…秋元、放課後職員室に着なさい」

「うぅ…はい…」

この時は気がつかなかった千秋だったのだが、
雨天の為練習中止の駿が、
居残りさせられている千秋を置いて帰っていたのは言うまでもなかった。

「…雨やまないかなぁ…」

傘を持っていない千秋は、
ぼーっと空を眺めながらため息を繰り返していた。

「秋元、ため息つくと寿命が三秒縮まるらしいよ」

「うぎゃ!!……びっくりした…」

声の主は学年1ブサイクと噂の山田だった。

(うっわー…最悪だよー…私こいつの事好きでも何でもないのに好きだと思われてるんだよね〜…)

…名前を書き忘れていたなんて事、
もちろん千秋は知らない。

「あ、僕濡れても良いから秋元この傘使ってよ」

そう言うと山田は半ば強引に千秋に傘を渡すと、
鞄を頭に乗せ駆け出していった。

「む…こんな事されても好感度は上がらないんだからね」

ぶつくさと文句を言う千秋だったが、
なんだかんだと山田に感謝しているのであった。



三日目、今日から体育祭が始まる。
天気は晴れ、少し熱い位である。

「長谷川君カッコいいーーー!!!」

そして、陸上部で運動神経も良い駿は女子の注目の的。
千秋も一生懸命に追いかけるのだが、追っかけ女達のパワーはやはり凄い。

「げぅ…くっ…私の駿なのに…悔しい…」

何度も何度も突き飛ばされ、流石に体力の尽きてきた千秋は、
悔しそうに囁きながらその場に倒れこんでいた。

と、そんな時、次の競技を発表する放送が流れ出す。

「次は、クラス対抗の二人三脚です。
各人ペアを決め、参加する方は急いでスタート地点まで来てください。
尚、男女ペアに限りクラスの幅は関係なく組めます」

「こ…これはチャンスよ!!!」

そして、そう思った千秋の目の前に、運良く駿が通りかかる。

「駿!!ちょっとちょっと!!」

「あ?何だ千秋か。何か用?」

「二人三脚やろ!」

勇気を振り絞りそう告げた千秋。
だが、駿の口からは予想もしなかった答えが返ってくる。

「あ、わりーな、俺もう山田とペア組んでるんだ」

「…………あぁ?」

「お前…何て顔してんだよ…」

「山田かよ!!」

「うん、そう言う訳だからもう行くな。そんじゃ」

駿は爽やかな態度で立ち去っていくのだった。

「うぅぅぅ…くそぉぉぉ!!!
山田め…傘を貸してくれた事でこの事はチャラにしてやるわ…」

何て自分に言い聞かせていた千秋だったが、
心の怒りは全くもって収まらないのは言うまでも無いだろう。



四日目、体育祭二日目。
天候は雨だったが、今日は室内競技なので問題なかった。

「つまんなーい」

一回戦目で負けた千秋のクラスは、
他にすることも無く黙って他のクラスの見学をしていた。

ちなみに駿のクラスも一回戦敗退だったのだが、
実行委員の駿は忙しそうにあちこち駆け回っているので、
話をするチャンスも殆ど無い。

「せっかくお弁当作ってきたのに、駿と一緒に食べれないのかなぁ…」

寂しそうに自分の身体ほどある重箱を抱えている千秋。
いったい何人前作ってきたのであろうか。

「眠い…」

その後、あまりの暇さに千秋は重箱を自分の隣に置いたまま、
静かに寝息を立て始めていた。

「千秋!千秋!!もう放課後だよ!!」

「むぁ…?あ…!?放課後!?」

何時間寝ていたのか、その言葉に覚醒した千秋は、
隣に置いてあった重箱を何故か慌てて抱えあげる。

「…ん?あれ?軽い…」

持ち上げた重箱は明らかに軽く、
今朝と比べると随分と雑な結びで箱は包まれていた。

中を確認してみようと風呂敷包みを解くと、中に一枚の手紙が入っていた。

「弁当美味かった。駿」

「あ、それね長谷川君が勝手に食べてたよ、山田君と一緒に」

「………………何で山田も食ってんだよ?!」

せっかく感動していたのに、
山田と言う言葉で、
千秋の感動は一瞬にして全て崩れ去ってしまう。

「ん?何だろ?」

と、その時、千秋の携帯の着メロが鳴る。

「新着有り、あ…駿だ」

メールを開いてみると、
そこには何故か千秋の寝顔の写真が添付されている。

「な!!なにこれ!!!」

そして、そのメールの件名は…。

「可愛い寝顔は戴いた。怪盗21面相」

「はぅぅ…駿…私恥ずかしいよぉ…」

例えメールでも駿に可愛いと言って貰えた千秋は、
あまりの嬉しさにもだえ始める。

「…見てるこっちの方が恥ずかしいよ…」

千秋のもだえっぷりに、見ている友人は恥ずかしそうに目をそむけ、
他人の振りをしながらコソコソと逃げるように帰っていくのであった。



5日目、今日は土曜日。
学校も無く家でダラダラと過ごす千秋。

「千秋!そんな格好でだらしない!」

「えー…休日位良いじゃん…」

短パンTシャツでねっころがりながら、
バリバリとせんべいを食べる千秋の姿がそこにはあった。

「はぁー…もう!母さんは悲しいよ…」

「あっそー」

昼番を見ながらでかい声で笑い声をあげる千秋。
その姿はもう結婚して10数年を超えた叔母さんの姿そのものだ。

「千秋、アンタ彼氏くらいいないのかい?」

「…居ないよ」

「駿君は?あの子いい子じゃないかい」

「ぶー…駿は関係ないじゃん」

「あら、そうかしら」

母は怪しい微笑みを浮かべると、
それ以上は何も言わずに部屋から出て行った。

「駿とデートに行けるならこんな格好してないよ…」

ぼそっとこぼす千秋だったが、
実は密かに聞こえる所で待機していた母。

「そう思うなら誘えば良いのに…」

「なっ!!いたんかい!!」

母は返答を返すことなく逃げるように立ち去っていくのであった…。

「…でもお母さんの言う通りだよね…駄目元でメール入れておこう」

そして、駿に「明日、暇?」とだけメールを入れてみる千秋。

「む?メールだ…」

すると、返事はあっという間に返ってきて、

「明日なら朝練終われば後はフリーだから2時頃から暇だよ」

しかも、かなりの好感の高い返答。
その言葉に異常にテンションがあがる千秋。

「じゃあ、明日一緒にどこかいかない?」

だが、緊張からかブルブルと手は震えて居た。

そして、その後も何通かやり取りは続く。

「良いよ。どこ行きたい?」

「駿の行きたい所で良いよ」

「じゃあ、明日までに決めておくから弁当作ってきてよ」

「うん、わかった。それじゃ明日ね」

「OK、それじゃ明日」

静かに携帯を閉じると、
千秋は歓喜の雄たけびをあげる。

「やったあーーーー!!!!」

そのままの勢いで突然に自分の部屋へと駆け上がったかと思うと、
お出かけ用の服に着替え、財布を片手に、自転車にまたがり、
美容室へと突貫していくのであった。

まさか、駿があんな場所を選ぶとは思いもしなかったから……。



6日目、天気は快晴、絶好のデート日和だった。

「…駿…何?その格好…」

「え?何って……」

かわいらしいドレス姿に身を包む千秋とは正反対に、
安全靴にでかい鞄。工事用のヘルメットまでかぶって完全防備の駿。

「千秋が俺の行きたい所で良いって行ったから山に行こうかと思ってさ。
なぁ、そんな格好じゃ危ないから着替えて来いよ」

「は……はは…」

千秋が昨日描いていた、ショッピング、カラオケ、ビリヤード、ボーリング等。
通常の若者達が行うデート予想図は音をたてて崩れ去っていくのであった。

「また山田かぁーーーー!!!」

「いや、千秋、山田じゃなくて、山、山」

その後、一度駿の行きたい所で。と言ってしまっていた千秋は、
今更別の所に行きたいとも言い出せず、
渋々山に行く事を了承するのであった。

そして、彼のとんでもない運動神経に振り回されながらも、
何とかその日のうちに山を登りきることは出来たが、
家につく頃には疲れすぎて魂が半分抜けてしまっていたのだが…。

「今日は楽しかったな、また行こうぜ」

と、後ほど届いていた駿のメールで、
ご機嫌になっていたのは言うまでも無い。



7日目、天気は雨。
ザンザン降りの豪雨。

「ん?何?」

その日、千秋が登校すると、千秋の下駄箱に一通の手紙が入っていた。

「少し遅くなるんだけど、千秋に話したい事があるから今日は一緒に帰ろう」

それは駿からの手紙だった。

「…普通に携帯にメールくれれば良かったのに…」

教室に向かいながら、千秋は駿に「わかった待ってる」と返答を送っておいた。
だけど、その後の返事は待てども待てども返ってこずに、
気がつけば放課後を迎えてしまっていた。

「…遅いな、駿」

この土砂降りなら部活も無いはずなのに、
駿は中々姿を現さなかった。

そして、1時間が経過し、先に帰ってしまったのかと不安を感じ始めた頃、
千秋の携帯に一通のメールが届けられる。

それは駿からのもので、今から向かうとの事だった。

「ごめんごめん、待たせた」

その後、数十分もしないうちに、駿が姿を現す。

「おそーい」

不満そうにこぼす千秋だが、
ちゃんと着てくれたことに内心喜びも感じていた。

なぜなら、随分久しぶりに駿と一緒に帰宅する事が出来るから。
駿が部活を始めてから、こうやって一緒に帰ること何てなくなっていたから。

「じゃあ、行こうか」

そういって傘をさす駿。
すると千秋は素早くその隣へ入り込んだ。

「千秋、傘は?」

「あるけど無い」

「あっそ」

にこっと微笑むと、千秋が濡れないようにぐっと自分のほうへと抱き寄せる駿。

「駿…」

顔を赤らめる千秋。
しかし、駿は無言のままゆっくりと歩き始めた。

それからしばらく二人の間に会話は無かった。
雨が傘にあたる音、濡れた地面を蹴る音。
静かに時間は流れていた。

「…話って言うのはさ」

「うん」

「千秋、前に山田に手紙書いた?」

「え?!いや…あの…あれは…」

「…やっぱり千秋だったのか…あの筆跡はそうかなと思ったんだよな…」

「違うよ!!私は山田に手紙何て書かないよ!!」

寂しそうに言う駿の言葉をあわてて否定する千秋。

「いや、別に誰かを好きになる事は恥ずかしい事じゃないだろ」

「誤解よ!!私は…私は山田じゃなくて…本当は…」

グッとこぶしを握り締める千秋。
勇気を出して言葉を告げようと思ったその時…。

「え……駿?」

「千秋…好きなんだ」

駿に抱きしめられ、千秋は完全に言葉を失っていた。

「俺…ずっと千秋が好きだった。
だから、名前の書いてない手紙だけど、
字を見たら千秋が書いたんじゃないかって思って…。
それで…千秋は山田が好きなんじゃないかって……」

千秋を抱きしめる駿の腕の力が更に強まっていく。

「駿…苦しい…」

「……誰にも千秋を渡したくない」

「死ぬ……」

段々と意識が遠のき始める千秋。

「うわ!!ご、ごめん!!」

「……お婆ちゃんが川の向こうで手を振っているのが見えたわ…」

「……わ、悪い…」

深呼吸をして息を整えると、
駿の目をまっすぐ見つめている千秋。

「あのね、私は駿が好きだよ。ずっとずっと好きだったんだよ」

「え…でも千秋は山田に手紙を…」

「…あれね、間違えたの。駿の下駄箱に入れたと思ったんだけどね」

「そうなのか?」

「うん…私の心は、寝顔のずっと前に。
この怪盗21面相に盗まれてるよ」

そう言うと、前に送られてきた自分の寝顔の写メを駿に見せる千秋。

「雨、あがってきたね」

土砂降りの雨も気がつくと収まり、
雲の隙間から太陽が顔を出し始めていた。

「デート、いこっか?駿」

「千秋の弁当が食べたいな」

「今すぐは無理よ」

「でも、本当は千秋が居るだけでいいな」

「……バカ」

嬉しそうに顔を赤らめる千秋。

「千秋、また山に行こうぜ」

「…………また山田かぁーーーーー!!!」

「いや、千秋、山田じゃなくて、山、山」

すっかり山と言う言葉にコンプレックスを持ってしまった千秋なのであった…。

「私、秋元 千秋(あきもと ちあき)は、本日を持って幼馴染を卒業します!」

その発言から一週間後、秋元 千秋は無事幼馴染を卒業し、
晴れて恋人同士になったのでした。

めでたしめでたし?