「涙の訳」




「眠いだろ?
もう眠ってしまいなよ。

何もかも忘れて、横になりなよ。
僕はずっと隣に居てあげるから。

ほら、目を閉じて……」

それでも閉じない彼女の瞳を、
僕はそっと伏せてあげる。

室内には空調の音だけが響いていた。
会話が無いと、こんなに耳障りに聞こえるものだとは思わなかった。

僕はそっと彼女の隣に腰をおろし、
その綺麗な頬に手を当てる。

やわらかい感触が僕の手のひらに伝わる。

すると、彼女の瞳から無音で流れ出た液体が、
僕の手のひらをつたい地面へと落ちていった。

「泣かないで。
大丈夫、全てを無くしても僕はここに居るから」

彼女は言葉も無く、
瞳を閉じたままで涙を流し続けていた。

僕にはもうどうする事もできない。
僕に出来る事は、この戦争が終りを告げることをただ祈るだけであった。

脅迫の代わりにか首都圏に落とされた核により周辺都市は壊滅した。
こんな小さな国なら、いつでもつぶせると言いたかったのかも知れない。

首都圏から遠く離れた土地では放射能汚染により草木は枯れ、
人は人ではない姿へと変わっていった。

次々と僕等の周りでも仲間が命を落としていった。

家族も次々と命を落としていった。

僕等は海外へと新婚旅行に行っていたので汚染は免れていた。
ここへは突然の戦争開始により強制送還されて帰ってきた。

僕等の思い出の土地は、僕等の記憶とは遠くかけ離れていた。
僕等の大好きな人達も、僕等の記憶とは遠くかけ離れていた。

皆、次々と命を落とした。
結局誰一人として助からなかった。

黄色人種は殆どが死滅したと言っても過言ではなかっただろう。

そして、残された僕等に、生きる術は何も無かった。

放射能により汚染された農作物。
手軽によれるコンビニのお弁当や飲み物。

今、手軽に手を出しては命を落としかねない。
壊滅した範囲は狭くとも、死んだ土地はもう全てだったのだ。

僕等がここに帰ってきてからもう2週間がたとうとしていた。

そして、今彼女が息をしなくなったのがわかった。
涙は流れ続けているが、身体の体温は徐々に失われていく。

涙腺を抑える筋肉の力が無くなったのであろうか。
涙は彼女が完全に体温を失ってからも暫くの間、流れ続けていた。

だが、その時、僕は泣く事が出来なかった。
彼女の頬に手を添えたままの体制で、僕の鼓動は失われていたから。

欲望は何も生み出さない。
戦争は全てを壊滅させる。

僕等は……最後まで2人一緒に居られた。
幸せだった。

その後、何年か経ち、戦争は終結した。

この国の全てを滅亡させて。