「お母さんと一緒」



真夏の日差しが差し込む中、学校は夏休み真っ最中。

それでも学級委員長として忙しく学校へと赴く文也。

しかし、それに対して、鈴はと言うと……。

「お母さ〜ん……熱いよぉ〜〜〜……」

全くもってだらしの無い格好で、
クーラーにあたりながら扇風機を前にしてかき氷を食べつつ、
もさーっとした顔で宿題をしていた。

「鈴ちゃん…確かに今日は暑いけど、
女の子なんだからもっとキチンとした姿勢で居なさい」

「むぅー…こんなに暑いんだから女の子も男の子も無いよぉ……」

と言いつつも、幸の言葉に反応を示し、
多少は姿勢を正す鈴。
だが、それが1分と持たない。

「あちゅい〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

ダメダメであった。

「もぅ!!!」

それに見かねた幸が、台所の洗い物を中断し、
行動を開始し始める。

「あぁ!何するの〜〜〜!!!」

まずは、クーラーの電源を元から絶ち、
そして、すぐさま扇風機を止め、
家中の閉まりきっていた窓を片っ端から開け放つ。

すると、生ぬるい風と共に、蝉の声が室内へと流れてくる。

「今日からうちは節電します!!クーラー一切禁止!!!」

「むぅー…酷いよぉ…」

「むぅーも酷いもありません!!」

幸の態度に反論できず、
ブスッとした表情で宿題に目線を戻す鈴。
だが、また数秒後には「あついー!!」と叫びながら扇風機の前にへばり付く。

それを見て、飽きれた様子で溜め息をつく幸。

「鈴ちゃん、ちょっと表出ましょうか?」

「えぇー!!!!」

鈴が不満そうに声を漏らし振り向くと、
幸は不動の笑顔でもう一度告げた。

「鈴ちゃん、ちょっと表出ましょうか?
でもその格好じゃ駄目ね。
お母さんも着替えてくるから鈴ちゃんも着替えてらっしゃい」

「は…はい……」

素敵な笑顔だったが、その背中に何か重圧を感じ、
恐ろしさのあまりに言葉を返す事も出来ず、
渋々と重い腰をあげ、ノタノタと自室に着替えをしに向かう鈴であった。



表ではミーンミーンと蝉が五月蝿いほどに鳴いていた。
決して、鈴達の住まいが田舎にあると言う訳ではない。
どちらかと言えば、デパートもあり、高層マンションなどもあり。
都会と言うイメージが強い街ではあった。

しかし、あまりの暑さにか、虫達は非常に元気よく活発で、
去年位まででは信じられないほどに元気よく活動しているのである。

「鈴ちゃんと二人で表歩くなんて久しぶりね」

幸が笑顔で鈴に微笑みかける。

「……そうだね」

鈴は先ほど道端で配られていた団扇を片手に死にそうな声でそう答える。

「そうだ!鈴ちゃん!手、繋ぎましょうか?」

「えぇー…恥かしい…」

「あら?文也とは繋げてもお母さんとは繋げないの?」

幸が少し意地悪そうに言った。

「むぅー…わかったよ…」

「ふふ、鈴ちゃんと手を繋いで歩けるなんて、お母さん嬉しいな♪」

幸は本当に嬉しそうに鈴の手を取ると、
軽やかにスキップを刻み始める。

その姿は、一人の息子と、一人の娘を、
女手1つで育てるたくましい母親の面影は無く、
まるで幼少時代に帰った無邪気な子供の姿の様であった。

「ちょ…!!お母さんーー!!」

しかし、最初は恥かしがっていた鈴も、何時しか次第に我を忘れ、
一緒になってスキップをしながら、二人笑顔で道を行くのであった……。

「あらやだ……」

「しょうがないわよ、こんなに暑い日ですもん…」

周りの冷たい視線に気がつく事も無く……。



そして、その日の夜……。

鈴、文也、幸の三人はテレビの音だけが響く部屋の中。
もくもくと食事をしていた。

今日のメニューは、幸にしては珍しく、ファーストフード。
やはり突然の外出で流石に晩御飯までは手が回らなかったのだろう。

「あぁ、そう言えばさ」

テレビがCMへと移り変わったとき、文也がボソッと呟いた。

「今日は何処か行ってきてたの?」

すると、幸はそれを待っていましたかの様に妖しく微笑むと、
テレビを消して、奥の部屋からゴソゴソと今日買ってきた品々の中から1つを持ち出してくる。

「どう?文也?思い切って買っちゃった…!!」

「……どうって…何が?」

幸が手にしていたのは、一枚の水着であった。

明らかに鈴のものにしてはサイズが大きい。
それはずばり、自分の為に購入してきたものなのであろう。

「もう!女心がわかってないわね!
……あのね、明日は母さんも仕事休みだし、文也も明日は委員会無いでしょ?
だから、明日みんなで海に行こうと思って!!」

「あ、ごめん、俺いきなりマッハ具合悪くなってきた」

物凄い棒読みで素早く席を立ち逃げ出そうとする文也。

「文也、逃がしませんよ!鈴ちゃん!!」

「あ…うん…」

幸が指示を出すと、鈴が文也にそっと魔法をかける。

「ぐぉあ!!」

すると、文也の身体は何か見えないものに拘束され、
歩くどころか、口を開く事すらままならない状態にさせられる。

「フフフ…前もって打ち合わせをしていた甲斐があったわ…」

「うぉ…おぉぉ…魔女が居る…」

文也のその言葉は、魔法を使った鈴ではなく、指示を下した幸へと向けられていた。

「ね?だから文也。明日みんなで海に行きましょう、ね?
むしろもうこれは決定なのよ?わかる?」

優しい口調だが、脅しにも聞こえない風な様子で、
幸は文也が首を縦に振るまで永遠と言葉を続けていた。

「わ…わかったから…もう許してください…」

「キャ!母さん嬉しい!じゃあ、明日の為に今日はもう寝ましょう、おやすみなさい」

「おやすみなさい……」

時計は、夜中の12時をとっくに過ぎ去っていた。

幸はすぐに寝室へと消えていき、
そして、鈴は眠たそうに目をこすりながら階段を上っていく。

「ちょっと待て…俺はこのままか……?」

だが、鈴は眠たさのあまり、
文也にかけた魔法を解くのも忘れて眠りについてしまった。

「鈴〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

魔法により拘束されて動けない文也の声が室内へと虚しく木霊したのであった。



次の日、彼等は、朝6時にたたき起こされ、
まだ意識も朦朧としたままの状態で車に押し込まれた。

文也は半ばかつぎ込まれるような勢いで……。
勿論、朝になった時には既に鈴の魔法の効果は切れていたのだが、
寝不足であまり動く事も出来なかった。

「それじゃ!元気にしゅっぱーつ!!!」

「いえぇー!!」

しかし何故か、鈴と幸は必要以上に元気一杯だった。
海までの道のりは約2時間程。
文也はその道のりの中ずっと後部座席で眠りこけていたのは言うまでも無い。

以前ならば、海までの道のりはほんの30分程度だったのだが、
この間の地震騒動もあり近場は殆ど立ち入り禁止とされてしまっていた。

ちなみに、鈴と幸は、ご機嫌に歌を歌ったり、
とても元気に、とても楽しそうに道のりを進んでいった。

そして、渋滞に巻き込まれることも無く、彼等は無事海へと到着する。

「海だよーーー!!!!!!」

「すっごーい!!海ーーー!!!」

「はいはい、海ですね」

子供のようにはしゃぐ鈴と幸。
しかし、文也は今にも死にそうな声で対応している。

「じゃあ、文也、車から必要な荷物だけ運び出しておいてね。
はい、これ車の鍵、渡しておくから」

「へ?母さん達は?」

幸がポケットから取り出した鍵を素直に受け取る文也。

「あら?レディは準備に色々と大変なのよ?
それとも、文也は母さん達に力仕事をさせる気?」

「……そうですね、いってらっしゃい」

ガクッと肩を落とし、堕落した表情で文也はチビチビと荷物を運び出す。

「さ、鈴ちゃん、あっちの更衣室で着替えて来ましょう」

「うん!!」

二人は仲良く手を繋ぎ、そして、更衣室へと姿を消していった……。

「荒事はいつも俺なんだもんなぁ……」

だが、荷物を運び終えた文也も、
すぐに更衣室で水着に着替えるのかと思いきや、
すでに朝に着替えを済ませた時。
服の下に海水パンツをはいていて準備万端なのであった。

「あ、いや、だって…折角なら楽しみたいだろ?」

誰も居ない空間に言い訳する文也だった……。




「ふ〜みや君♪」

呼ばれて振り返ると、
そこには鈴が少し恥かしそうにモジモジしながら立ち尽くしていた。

「おう、早かったな」

「えへへ、文也君に鈴の新しい水着早く見せたかったから…どうかな?」

照れくさそうに微笑むと、くるっと一度回ってポーズを決める鈴。

「未成熟、貧相、幼児体系、オコチャマ」

「ガーン!!!酷いよーーー!!!!!」

「すまん、鈴。俺の口は嘘をつけない……」

「うぅぅ…」

それだけ言うと、わざとらしく視線をそらす文也。

「ちゃんと見てよ!!!」

鈴が不満そうにそう叫ぶと、文也は視線をそらしたまま囁いた。

「……可愛いよ」

「え!?」

「幼児体系」

照れ隠しなのか、文也は顔を真っ赤にしてまたも視線をそらす。

「あはは!文也君ってば…」

「なんだよ!!」

「別に…!ね、泳ごうよ?」

鈴は、嬉しそうに文也の手を引き海へと誘う。

「あらあら?二人とも、お母さんの事は置いて行っちゃうの?」

振り返るとそこに、幸の姿があった。

「ごぶぅ!!!」

「ちょ!文也君!?」

「あらあらあら?」

文也は、幸の水着姿を見た途端、
突如鼻血を勢いよく噴出し、その場に倒れ気絶してしまった。

「文也くーん!!」

鈴が心配そうに文也に呼びかけてみるが、
文也が目を覚ます様子は全くと言って良いほどに無い。

「……あの人もはじめて海に来た時は同じ様に気絶したっけ…。
やっぱり、文也はあの人の息子なのね……」

しかし、幸の姿は40と言う年相応ではなく、
若いお姉さんと言っても過言ではない程の魅力を放っていた。
男として、文也が鼻血を出すほど興奮する気持ちもわからないでもない。

(でも、私もうこんなおばさんなのに…男の子ってそう言うものなのかしら…)

幸がそう考え込んでいると、
鈴はアタフタと慌てた様子で不安そうに言った。

「お母さん!文也君このままじゃ熱射病とかなっちゃうよ!
鈴ちょっとそこの売店で冷たいジュースと氷買ってくるね!」

「そうね、お願いね」

鈴は、黙って頷くと、海の家のある方へと駆け出していった。

「……文也…本当に、何から何まで、亡くなったお父さんにそっくりよ…」

少し寂しそうに囁く幸であった……。



それから、数分後には文也も目を覚まし、
少しぎこちない様子だったが、
鈴と幸はそんな事は気にせずに、
まだ起きたばかりの文也を海へと連れ込み、

泳いだり。

「良し!あそこのポールまで競争だ!!」

「あ!文也君!!」

「文也!フライングは卑怯よ!!」

「へへん!勝負は勝てばいいんだよ!!!」

「むぅー…だったら……」

「ずぎゃあああああああああ!!!!!!!」

「やったー♪鈴一番!!」

「……お母さんは二番に半強制的ね…」

ゴムボートに乗ったり。

(クックック…ボートをひっくり返して脅かしてやる…)

「キャ!!何!?」

「ボートが…!!」

「へへっ!!どうだ!?驚いただろ?」

「……文也の悪戯だったのね…」

「文也君の意地悪!!!!!!!」

「どぶるぁああああああ!!!!!!!!!」

ビーチバレーをしたり。

「鈴、先に言っておくが魔法は無しだからな」

「えぇー?なんで?」

「何でってお前…、突然に渦を起こしたり、物凄い津波を俺にだけぶちまけたり……」

「文也君がズルしたり意地悪したりするからだよ!!」

「でも、鈴ちゃん?他の人がびっくりするでしょ?」

「むぅー…確かにそうかもしれないけど……」

「よしっ!普通に遊ぶぞ?普通に!いいな?」

「うんっ!!」

その日一日は、思いっきり海を満喫した。

そして、その帰り道……。

鈴と文也は遊びつかれて後部座席で仲良く肩を寄せ合い眠っていた。

「……あの人と海に来た帰りも、同じ様に電車で眠ってたっけ…」

バックミラーに映る二人を優しく見守る幸。

「…だけど、あの人はもう……」

その瞳には、微かに涙が滲んでいた。

「ダメダメ!しっかりと安全運転で帰らないと…」

自分の頭を軽く小突くと、少しだけ舌を出して苦笑いを浮かべる幸。

「でも、文也、私はあの人に会えて幸せだったけど…。
あの人みたいに残していっちゃダメよ…鈴ちゃんの事を…」

その後、僅かに微笑を浮かべると、
幸はいつもの優しい表情で一言も言葉を口にする事無く、
安全運転で自宅へと車を進めていった。

(……わかってるよ、母さん……)

文也が目を覚ましていた事に気がつく事も無く。



次の日、あんなにだらしなく過ごしていた鈴の姿が今日は違った。

自ら進んで幸の手伝いをしたり、
家中隅々まで掃除をしたり、
晩御飯を自分が作ると申し出てみたり。

勿論、一番最後は丁重にお断りされたが、
何やら鈴の中で何かが変わっていたのは確かであった。

「鈴ちゃん、何か良い事でもあったの?」

幸は、鈴の突然の変わりように楽しそうに笑いながらたずねてみる。

「むぅー…逆だよぉ……」

「逆?逆って?」

「なんでもない!!
……鈴は今日から良い女になる努力をするんだからね!!」

(お母さんみたいに魅力的な女になって文也君をギャフンと言わせるんだから!!!)

「……何だかよくわからないけど、お手伝いしてくれるのは嬉しいわ」

「お手伝いじゃない!!技術を盗むの!!!」

「盗む?」

「な!なんでもないよ!!!」

こうして、平和に一日はすぎていくのであった……。