「良い男、それはいつでも良い男」



私達は北へと向かって歩いていた。

「あの…ご主人様。僕もう疲れたんですけど……」

「うるさいわね!なにが疲れたよ!
アンタ、私の肩に乗ってただけでしょうが!」

「あ、いえ…その…」

丸い奴はなにやらぶつぶつといい訳をしていたが、
私はそれをまったく無視して歩きつづける。

がその時、ふと思い出した事があった。

「あれ?アンタの名前なんだったっけ?」

「ご…ご主人様…使い魔の名前くらいちゃんと覚えてて下さいよ…。
 セラフィムです。セ・ラ・フィ・ム!」

「せ…せらあ…あー…なんだっけ?」

実は、私。人や物の名前を覚えるのが極端に苦手だった。
…今のだって決してわざとやっている訳じゃない。
本当の本当に名前が出てこないのだ…。

「セラフィムですー!!!」

「ああ!もうややこしい!アンタ、私の使い魔よね?」

使い魔に指を突きつけ、詰め寄る私。

「え…、ええまあ」

使い魔は少し脅えている様だった。

「じゃー!アンタの名前も私が決める!!!」

「ええーーー!!!」

当然の事ながら使い魔は嫌そうに叫び声をあげた。

「問答無用!!!……そうね…ぷにぷにしてるし、食べられそうだし………うん!決めた!
アンタは今度から【ぷりん】ね!カタカナじゃなくってひらがなでぷりん!
どう?かわいい名前でしょう?」

満足げに微笑む私。嫌そうに苦笑いを浮かべる使い魔、命名ぷりん。

「うーん、ステキな名前だわ。ぷ・り・ん♪」

「イヤーーーー!!!!」

ぷりんは狂気の雄叫びをあげたが、その雄叫びはあたりに空しく木霊するだけだった……。

私達はその後も一時間ほど論争をしていたが、結局ぷりんが折れ、
私によって使い魔の名前は正式に、ぷりんと命名(改名?)されたのだった。

そして、その論争からどれくらいたっていたのだろうか。
気がつくと、辺りはすっかりと暗くなっていた。

「夜になってしまいましたね」

ぷりんが少し不安そうに言う。

「なんかまずいの?」

意味の分からない私はぷりんに尋ねてみる。

「ええ、夜になると夜行性のモンスターが活動を始めるんですよ。
そして、夜行性のモンスターには狂暴な者が多いのです」

「モンスターねえ。私この17年間生きてきてモンスターなんて見たことも無いわよ」

「それはそうですよ!悪魔神サタンが封印されていたから、モンスターも一緒に封印されていたのです。
でも、今はその封印が解けたんですから、モンスターが辺りにはびこっていたっておかしくないんですよ?
はっきり言って、ここまで出会わなかったのは奇跡ですね。
まあ、もしかしたら封印が解けてそれほど時間も経っていないので、
完全にサタンの魔力が戻っていないために、モンスターの数も少ないのかもしれませんが……」

確認するように辺りを見回すぷりん。
しかしこいつは本当に良く喋る奴だと、再認識するのであった。

「ふーん、でも、私これでも剣術と格闘技を少したしなんでたから、
モンスターが現われたってかるーく追い払ってあげるから大丈夫よ」

「あまい!あまいですよ!ご主人様!」

ぷりんが強い調子で私にせまってくる。
……ちょっと邪魔だ。

「モンスターははっきりいって普通の人間では手におえない強さを持っているのです。
だから、僕達使い魔が人間達に協力して、精霊との交信を行い、攻撃魔法を使うことによって、
人は、初めてモンスターに勝利することが出来るのです!!!」

ぷりんは大声で、そして自慢げに語っていた。
だが、その大声により、モンスターが私達の存在に気づき、
大きな遠吠えと共に目の前に現われたのは言うまでも無い……。




「女か…ふへへ…なかなかうまそうな女だな……」

どうやらモンスターは一匹だけの様だ。

獣人…そんな感じのモンスターだ。
モンスターは、こちらの様子をうかがっているようにも見えた。

「ぷりん…アンタのせいよ…どうにかしなさいよ!」

だが、返事が無い。

「ぷりん……?」

不思議に思い、辺りを見回したが、ぷりんの姿はどこにも無い。

「うっそお!あいつ逃げたの!?」

私は、もう一度モンスターを見る。するとどうしたのだろう。
一人だとおもった瞬間。急に恐怖に襲われ、足が震えて動けなくなってしまった。
声もでない。だが、(恐い…!)心の中でその気持ちだけがどんどんと膨らんでいく。
そんな私をみてモンスターはにやりといやらしく微笑んだ。

「ぐはは!俺ってついてるねえ…復活したばっかりでしかも、こんな威勢のいい女が食えるだなんてよお〜…。
 へっへっへ…安心しなって骨も残さず食ってやるからよ!」

そういうとモンスターは私に目掛けて強靭な牙をむき出しにして襲い掛かってきた!
(殺される!!!)そう思うと、何かが重くのしかかったようになっていて開かなかった口が自然と開いた!

「誰か…誰か助けて!!!」

声が出た!誰かが助けに来てくれる!私はそう思った。

モンスターの動きも止まり、辺りを警戒している。

しかし、そんな気配は全く無く、辺りは完全に静まり返っているのであった…。
どうやら、あたしの叫びは誰にも届かなかった様だ…。

「ふはははっ!残念だったな!!」

モンスターは、にた〜っと笑い、唸り声をあげながら私に襲い掛かってくる。
そして、私は、そのモンスターのあまりの恐ろしさにそのまま意識を失ってしまうのだった…。



しばらくして、何か不思議な感触を感じて私はうっすらと意識を取り戻した。

「あ…ん、いや……」

自分でもよくわからないけど何だかいやらしい声が出る。
太陽の光が目にささり、少ししか目をあけられなかったが、
そこには一人の男が私の事をじっと真剣に見つめながらしゃがみ込んでいる姿が見えた。

(この人…なにしてるんだろう…?)

私の意識は、まだ朦朧としていて、状況がはっきりと飲み込めない。

しかし、だんだんと意識がはっきりしてくると、何かがおかしい気がしてくる…。

「むぎゃあーーー!!」

「え?あ…」

何と!男は私の胸をおもいっきり突っついていたのだった!!

私は怒りに感情を任せてその場に立ち上がり、
そして、男の顔面に強烈な蹴りをかました!
男はうめき声をあげて仰向けに倒れる。

「人が気絶してると思ってなにやってんのよ!!この変態!!!!」

私は隙だらけだったので男の急所に一発!さらに蹴りをかましてやった。

「あがあ!!!」

男は急所をおさえてうつ伏せになりうめき声をあげている。

「気安く私にさわんじゃないわよ!」

私は男をほっといて、太陽で方向を確認すると北の方へと向きを変える。
がその時、何か変な物をを蹴飛ばしてしまったので、ゆっくりと足下を見てみた。

「う、あ、え、お、い・・・!!」

そこにはさっきのモンスターの死体が転がっていたのだった。

「ひゃあああああ!!!!!」

私は腰を抜かして、その場にぺたんと座り込んでしまった。
すると、先ほどの変態男が、輪t氏に声をかけてくる。

「う…君…僕は一応君のことを助けたんだけど…。これは酷いんじゃないかい?」

男はいつのまにか輪t氏の後ろに立っていて、
そして、私の頭に軽くポンっと手を置いてきた。

「た…すけた!?」

私は後ろを振り返り変態男の顔を見てみる。

「え…!」

驚いた…。変態だから変な顔だと思っていたのに、
整った顔立ちで美しく奇麗な金髪のかなりのいい男だったのだ。

「ありえねー……」

私はついつい、男の顔にぼーっと見とれてしまう。

「君。どうしたんだ?」

私は、その言葉でハッと我に返り、急いで立ち上がり、

「な、なんでもないわよ!……助けてくれたみたいだから一応お礼は言うけど、
 勝手に私の体に触ったんだからなれなれしくされたくないわね!」

そういってモンスターを見ない様に、
大急ぎで北に向かって走り出した。

「あ、待って!」

男はそう言っていたが、私はそれを無視してとにかく走る。
そして、かなりの距離を走り、息も上がってきた。
(そろそろいいかな?)と思い、
後ろを振り返ると男の姿もモンスターの姿も無かった。

ほっ…と一息ついて、その場にしゃがみ込み、
何気なく横を見てみると……。

「待ってくれって行ったのに…」

先ほどの変態男がいつのまにか私の隣に座り込んでいたのだ!

「ふんぎゃあああ!!!」

「やれやれ、君は気が早くていけないなあ。いいかい?
僕が君の身体に触っていたのは、決してやましい気持ちではなく……」

私は最後まで話を聞かずに男の事を無視して立ち上がる。

「あ、待ってくれってば!」

すると男は焦った様子で、私の腕をつかんできた。
その行動にいい男だからって馴れ馴れしい…と、無性に腹が立ってくる。

「気安く私にさわんないでって言ったでしょ!!!」

私は男の腕をむりやり振り解くと、
男の顔目掛けて回し蹴りをかます。

だが、男は、それをひょいっとかわすと、

「別に君に何かしようって言う訳じゃないから、
とりあえず話を聞いてくれないかな?」

と、突如真剣な表情で私に言ってきた。
幾らなんでもここまでされると、
何だかまるで私が悪いことをしているみたいな気になってきて、
私は何だか微妙に罪悪感を感じていた…。

「…わかったわよ、ちょっとだけね…」

「ああ、ありがとう。ちょっとでいいよ」

私が渋々了承すると、
男は本当に嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
悔しいけれど、その笑顔は凄くまぶしくて素敵だったのは言うまでも無い。

「まず何から話したらいいのかな…。あ、そうそう、これ、君のだろ?」

そう言って男が鞄から取り出したのは、
いつの間にか逃げ出したと思っていたぷりんだった。

「あ!ぷりん!どうして貴方が持ってるの?」

私はそそくさとぷりんを受け取ると、
とりあえず無言で一撃加えてから男に尋ねてみる。

「いやね、僕が道を歩いていたら悲鳴が聞こえたから、
急いで悲鳴の方に向かって行ったんだ…」

男の話を大体まとめると、
彼は先ほどのモンスター、
【ワーウルフ】に襲われていた私を助けてくれて、
その後、私があまりにも目を覚まさないので、
このまま放っておくわけにも行かないと、起きるのを待っていたら朝になり、
そしてその時に何故か私の胸の辺りからこのバカぷりんが盛り上がってきたと……。

どうやら私はは一人で早とちりをしていたようだった。
そう思うと何だか急に恥ずかしくなってくる。

「あの…そのごめんなさい!私し、助けてもらったのに偉そうで…。
 それに!その…、色々酷いことしちゃって……。本当にごめんなさい!」

私はとにかく男に何度も頭を下げ兎に角平謝りする。

「いや、僕もまぎらわしいことしちゃったし、
それにどさくさまぎれだとは言っても、
君に嫌な思いをさせちゃったし…僕の方こそごめんよ」

謙虚な人だなあ……。と私は心からそう思った。
良い男だし、是非こう言う人を冒険のパートナーとして居る人は幸せだなぁと…。
そんなことを考えるのであった。

「あ、私エリスって言います。それで、このバカは、使い魔でぷりんです。
あの、良かったら、貴方の名前、教えて下さい」

私が訪ねると、男はさわやかに微笑んですぐに答えてくれた。

「僕の名前はリード。楽団都市【バンズ】の出身で、
フルネームは【リード・フォーマス】って言うんだ、宜しくね」

さわやかな笑顔。そして男のキレイな顔立ちとさらさらの髪。
私はまたもぽーっと男に見とれてしまうのだった……。